自民党に歴史的大敗をもたらした民意を読み解く
慶應義塾大学名誉教授
岸田政権が誕生した時は、新しい資本主義や田園デジタル都市構想など、何か新しいことをやってくれそうな期待を持たせるアイデアがいくつも出された。
しかし、政権発足から2年。当初の期待感は諦めに変わりつつある。しかし、それでも岸田首相は年内解散はおろか、20日に招集される臨時国会の所信表明演説直後の解散まで考えているとみられる。衆議院の4年の任期の折り返し地点を越えたばかりの段階で、解散総選挙に打って出る総理の真意は何なのか。
何も考えていないように見える岸田首相がもっとも意識していることは、自民党の政治が約20年続いた清和会政治から保守本流を自負する宏池会にようやく戻った今、再び日本を安倍政治に戻してはならないということなのではないかと、政治ジャーナリストの角谷浩一氏は言う。その政治スタイルを一言で表現するならば「安寧」だそうだ。
つまり、自分が野心を抱く政策の実現のために、いたずらに対立を煽ったり野党に対して挑発的な政治姿勢を見せず、無難な政局運営を維持しつつ、今の平和で安定した状態を続けていくことと、そうすることで安倍政治の復活を許さないこと。それが岸田政権の最大の目標なのではないかと角谷氏は言うのだ。岸田氏が同じ宏池会の林芳正前外相や木原誠二前官房副長官を第一次政権で重用した上で、改造内閣では温存しているのも、彼らを宏池会の後継者として見ているからではないかというのが角谷氏の見立てだ。
穏便な宏池会政治をやられても構わないし、世の中が安寧なのは結構なことだ。しかし今の日本は安寧などと暢気なことを言ってられる状況だろうか。過去30年間、日本はほとんどまったく成長できないまま、国家的な課題である少子高齢化や膨らむ財政赤字に対してほとんど何も有効な施策をとれていない。その結果、かつては先進国の中でもトップを競っていたあらゆる経済指標で、日本は今や先進国中最下位グループに転落し、今にも先進国の座から転落しそうなところまで状況は悪化している。国がそのような状態にあるときに、その国のトップの最大目標が「安寧」と「保守本流の宏池会政治の継続」で本当に日本は大丈夫なのか。
ウクライナ戦争を引き金に穀物市場が暴騰し、日本でも食品価格は軒並みあがっているところに、先日勃発したイスラエルとパレスチナの紛争が中東全体に波及するようなことがあれば、原油価格が一気に暴騰する恐れもある。9割以上の石油を中東からの輸入に依存している日本にとって、これが死活問題になることは言うまでもない。そのような局面で低位安定を目指す政権で大丈夫なのか。
岸田首相は所信表明演説で減税が盛り込まれた大型の経済政策を発表する予定だという。解散総選挙を念頭に置く、政権の低い支持率を回復させるために思い切った減税策とバラマキ政策を打ち出すということなのだろうが、果たせるかな、日本が過去30年の低位安定から脱し、目の前にある大きな課題を一つでも解決に向かわせられる施策が含まれるのか、はたまた安寧第一の政権にそのようなことを期待するのは無いものねだりに過ぎないのか。角谷氏とジャーナリストの神保哲生が議論した。