2023年03月04日公開

インターネットがなくなるかもしれない事件の審理が米最高裁で始まった

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概要

 アメリカ最高裁インターネットの未来を決定付けることになるかもしれない重大な裁判の審理が先週(2023年2月21日)に始まった。

 なぜこの裁判がそれほど重大かというと、この裁判の帰趨によっては、これまでわれわれが当然のように享受してきたインターネットというものが、事実上まったく別のものになってしまう可能性があるからだ。いや、インターネット自体がなくなってしまうかもしれないと言っても大袈裟ではないかもしれない。

 この裁判は2015年にパリで起きたISISイスラム国)によるテロで亡くなったアメリカ人のノエミ・ゴンザレスさん(23)の遺族が、グーグル社を訴えていたもの。ゴンザレスさんの遺族は、グーグルがISISのビデオをYouTube上に載せたことで、そのビデオを見てISISの思想に感化された国内のシンパ(ホーム・グローン・テロリスト)が自爆テロなどの犯行に及び、ゴンザレスさんがその犠牲になった。だからゴンザレスさんの死はグーグルにも責任があるとゴンザレスさんの遺族は主張し、グーグルに対して損害賠償を求めたのだ。

 初見ではやや突飛な主張に聞こえるかもしれないが、実はこの主張はインターネットの根幹に関わるとても重要な意味を孕んでいる。現在、インターネットは米通信品位法第230条(セクション230)によって「相互的コンピューターサービスの提供者や利用者は、情報コンテンツ提供者が提供する情報の発行者や表現者として扱われない」と定められている。つまり、インターネット上でサービスを提供する事業者自身は「表現者」には当たらないので、掲示板であれSNSや他のウェブサービスであれ、サービス提供者は自社が提供するサービスに書き込まれたり掲載された内容に責任を負わなくていいということが、この法律によって明確に定められている。

 この条文のおかげで、例えばグーグルは「グーグルで検索して見つけたサイトに騙されて損害を被ったので弁済せよ」などという訴訟を起こされる心配をせずに自由に検索サービスを提供することができ、世界有数の巨大企業に成長することができた。それはフェイスブックツイッターについても同じだ。あくまでコンテンツに対して責任を負うのはその書き込み主や情報提供者であり、場を提供したり検索結果を提供しているサービス事業者は、コンテンツから生じる損害に対して賠償責任は負わなくてもいいというのが、この230条の定めるところだった。この免責条項がインターネットを形作ってきたといっても過言ではないだろう。またこの免責条項があったからこそ、グーグルを始めとするインターネットサービス事業者はそこに表示されている内容によって自社が訴えられる心配をせずにのびのびとサービスを提供することができ、テックジャイアントと呼ばれる今日の地位を築くことに成功した。

 しかし、今回の訴訟では、グーグルは自らが作成したアルゴリズムによってISISのビデオをサムネイル付で推奨(レコメンド)していたため、グーグルはもはや単なる場の提供者ではなく、表現の一部を担っている「表現者」となったとゴンザレス氏の遺族は主張したのだ。

 この事件を受理した最高裁は非常に困った事態となった。

 これまで230条によってインターネット事業者は中身については100%免責されてきた。しかし、2020年の大統領選挙ではフェイスブック上でさまざまな政治的誘導が行われていたことが後に明らかになり、大きな社会問題となったことは記憶に新しい。どうやらネット事業者を100%免責し、問題のあるサービスやコンテンツを放置することには問題がありそうだ。しかし、だからといって自社が提供するサービス上に掲載されるコンテンツに対してサービスを提供する事業者が賠償責任を負わなければならなくなれば、事業者は僅かでも訴えられる可能性のあるコンテンツはすべて削除しなければならなくなる。それはつまり、ネット上には人畜無害で退屈なコンテンツしか残らなくなってしまう恐れがあるということだ。

 どうやらスパッと切り分けられるようなオール・オア・ナッシングの解決策は見つかりそうもない。つまり、100%免責にしたまま野放図な状態を放置するのもまずいが、サービス事業者にまで賠償責任を負わせれば、インターネットというものが事実上消滅しかねない。ということは、最高裁はどこかに線引きをすることを迫られていることになる。つまり、例えばアルゴリズムで単に新しく書き込まれたものが最上位に表示されるようにするくらいであればセーフだが、記事を囲みにしてサムネイルまで表示させた上で推奨(レコメンド)まですればアウト、というような具合だ。

 しかし、本当にそのような線引きが可能なのだろうか。その境界線に僅かでも不明瞭さが残れば、事業者は常に訴訟リスクを抱えていると判断せざるを得なくなり、ネットサービスは死ぬだろう。ということはその境界線は非常に明確でわかりやすい、クリアカットなものでなければならない。

 いずれにしても最高裁はこれから審理を続け、早晩判断を示すことになる。ゴンザレス氏の遺族が損害賠償請求の結果を待っている以上、難しい判断だからといっていつまでも棚上げすることは許されないからだ。

 これまでインターネットを支えてきた米通信品位法第230条とアルゴリズムと賠償責任との関係についてジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

 また今週から最高裁で始まった、バイデン大統領が打ち出した学費ローンの徳政令が大統領権限の濫用に当たるかどうかの審議についてもコメントした。

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