2015年07月18日公開

安藤氏と森氏がOKすれば計画の変更は簡単だった

新国立競技場建設計画迷走の責任はどこに

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ゲスト

1965年岡山県生まれ。88年早稲田大学理工学部建築学科卒業。2004年同大学院経済学研究科修士課程修了。一級建築士。斎藤裕建築研究所勤務を経て91年設計事務所を設立し、代表に就任。2016年9月、東京都が設置した「市場問題プロジェクトチーム」専門委員に就任。著書に『費用・技術から読みとく巨大建造物の世界史』、『非常識な建築業界 「どや建築」という病』など。

著書

概要

 安倍首相が7月17日に、新国立競技場の改築計画の「白紙見直し」を発表したことで、「一度走り出したら止まらない公共事業」がひとまず止まったことの意味は大きい。

 しかし、今回の迷走の原因とその責任がどこにあったのかの検証は不可欠だ。

 新国立競技場の建設主体となる日本スポーツ振興センター(JSC)の鬼澤佳宏理事は7月16日の記者会見で、「安藤先生のお話にあった通り、(デザインの変更は)決定の経緯、条件、約束があり、基本的には国際的にも難しいと判断された。それを前提に議論を進めていくのではないか」と語り、当初予算を大幅にオーバーすることが確実になったザハ・ハディド氏デザインの当初案が最後まで変更されなかった背景に、デザインコンペの審査委員長を務めた安藤忠雄氏の意向が強く働いていることを示唆している。

 鬼澤氏はまた、「私どもがいま考えているのはラグビーワールドカップに間に合わせること」とも語り、2020年五輪の前年に日本で開催されるラグビーW杯に間に合わせるためにも、ザハ案の変更が困難であることを指摘している。

 日本が2009年にラグビーW杯を招致した段階では新国立競技場の建設計画など存在しなかった。招致段階ではメイン会場は神奈川県横浜市にある日産スタジアムが想定されていた。ところが、日本ラグビー協会の会長を務める森喜朗元首相の強い意向で、2019年ラグビーW杯が新国立競技所のこけら落としイベントとすることが、事実上既成事実となっていた。

 今週になって7月16日に安藤忠雄氏が長い沈黙を破り、自身はデザインを審査しただけで建設費の高騰には一切関与していないことを釈明する会見を行った。その会見の中で安藤氏は、依然として近未来的でインパクトのあるザハ案に未練があることを滲ませながらも、当初1300億円を予定していた総工費が2520億円にまで膨れあがってしまった以上、計画の見直しはやむを得ないとの立場を表明していた。

 また、これに続いて翌7月17日には安倍首相が森元首相と直々に会談し、ザハ案を白紙に戻すことで、新国立競技場の建設が2019年のラグビーW杯に間に合わなくなることへの理解を求めた。会談後、森氏は「元々自分はあのデザインは好きではなかった」などととぼけたコメントを発していたが、これでデザイン見直しのもう一つの障害だった森氏も折れ、ようやく白紙見直しが可能になった。

 安倍首相は同17日、森氏との会談の直後に記者団に向けて、計画の白紙見直しを発表している。

 こうして2520億円の計画は白紙に戻ることになった。

 もはや、説明は不要だろう。

 建築界の重鎮であり世界的にも高名で、なおかつ石原慎太郎元東京都知事を始め多くの政治家や有力者とも親しい関係にある安藤忠雄氏が、審査委員長として直々に選んだザハ案を白紙に戻すためには、何をおいても安藤氏の了解が不可欠だった。安藤氏自身は会見で、自分はデザインを選んだだけで、それ以外のプロセスには関与していないことを強調したが、安藤氏の側から「デザインの変更をしてもいいのではないか」との提案でもない限り、事務方が安藤氏にデザイン変更を提案することなどあり得なかったことは、容易に想像できる。

 また、今になって計画を白紙に戻すことで、ラグビーW杯に間に合わなくなることから、森元首相の了解も不可欠だった。コストが2520億円まで膨れあがることが確実になって以降は、ラグビーW杯に間に合わせなければならないので、今さら他のデザインへの変更は難しいというのが、この問題が膠着状態に陥ってしまった最大の原因だった。

 いずれにしてもJSCも文科相の担当者も、この2人の巨人が首を縦に振らない限り、何もできない立場だった。更に、役人にしてみれば、計画が大きければ大きいほど利権は大きくなり、うま味が増すことから、自らの身を危険に晒してまで計画を縮小させようという動機は起こりにくい。かくして、誰も止めることができないまま、誰も望まない巨大事業の計画がまさに粛々と進んでいくというのが、いつもの暴走型公共事業の典型的なパターンだ。

 そして、その二匹の巨人の首に鈴をつけられるのは、安倍首相をおいて他にはあり得なかった。つまり、もっと早く首相が動かなければならなかったのだ。

 止まらない公共事業の背後には、必ずといっていいほど「この人が首を縦に振らなければ止められない」というような立場にある黒幕がいる。そして、それを説得できるのは首相しかいない。逆の見方をすれば、首相がその気にさえなればどんな事業でも止められることが、今回明らかになった。このことの意味は決して小さくはない。

 ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が、ザハ案に決まった当初から一貫して、「このデザインでは建てられない」ことを主張してきた建設エコノミストの森山高至氏と、大きな節目を迎えた新国立競技場建設迷走劇を議論した。

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