日本人はまずパレスチナで何が起きてきたかを知らなければならない
国際政治学者、放送大学名誉教授
1951年福岡県生まれ。74年大阪外国語大学外国語学部卒業。76年米コロンビア大学大学院修士課程修了。学習院大学非常勤講師、クウェート大学客員研究員などを経て2008年より放送大学教授。18年より現職。著書に『イラン vs トランプ』、『イランとアメリカ』など。
2020年はイランとアメリカが「すわ戦争に突入か」といわんばかりの物騒なニュースで始まった。
1月3日にアメリカがドローン攻撃でイラン革命防衛隊のカセム・ソレイマニ司令官を殺害したことを受け、8日にはイランがその報復としてイラク国内にある米軍基地にミサイルを打ち込んだのだ。
レバノンに逃亡したカルロス・ゴーン氏の1月8日の記者会見の2時間後、ワシントンではトランプ大統領の重要な記者会見が予定されていた。一時は「イランとの戦闘の開始を発表するのでは」との観測も流れるなど世界に緊張が走ったが、幸いイランのミサイル攻撃は事前にアメリカに察知され、アメリカ側に犠牲者は出ず(イランがアメリカに内々に事前警告していたとの情報もある)、トランプ大統領は会見で当面の軍事行動の終了を発表した。今のところ戦争突入は回避されているようだ。しかし、今回の双方が軍事行動に出た結果、イランの核合意は完全に崩壊し、アメリカも経済制裁の強化を決定するなど、両国の緊張関係が更に悪化していることは間違いない。
しかし、それにしてもなぜ今、アメリカはイランと事を構える必要があるのだろうか。確かにイランは今、隣国イラクへの影響力を強め、シーア派が支配するイラクは事実上イランの属国と言っても過言ではないような状態にある。そうした状況の中で、イラクに駐留する米軍に対する散発的な攻撃やサボタージュを繰り返し、米軍が手を焼いているのも事実だ。そうした作戦にソレイマニ司令官が関わっていたというアメリカの主張も、恐らく根拠のあるものだろう。
しかし、アメリカの真意はそこではない。今やアメリカの中東政策が、単なる国内政治の材料でしかなくなっていることを見誤ってはならない。中東の専門家で国際政治学者の高橋和夫・放送大学名誉教授は、アメリカの中東政策を理解するためには、トランプ政権のエネルギー政策とイスラム諸国からの入国禁止、エルサレムへの首都移転の3つの政策に注目する必要があると指摘する。
一言で言えばシェール層から石油の抽出が可能になり、世界最大の産油国になったアメリカは、もはや中東の石油に依存する必要がない。そのアメリカにとってイランを含む中東は、もはや自身が今年の大統領選挙で再選されるための道具に過ぎない存在になっている。少なくともトランプにとってはそうだ。だから、イランと本気で戦争をする気などさらさらないが、イスラムを敵視する政策を続ける中でその代表格にイランを位置づけ、イランを敵視するイスラエルと歩調を合わせながら、イランに圧力をかけ続けることこそが、トランプの再選戦略とぴたりと合致しているというのだ。
石油の自給が可能になったアメリカはそれでいいかもしれない。しかし、問題は日本だ。アメリカと違い、中東からの石油に依存している日本は、こと中東政策に関してはアメリカに追随しているだけではどうしようもない。ましてやアメリカの中東政策が、国内の政争の延長に過ぎないという事になればなおさらだ。日本にはどのような選択肢があるのか。高橋氏にジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が聞いた。