トランプのカムバックはアメリカと世界をどう変えることになるか
上智大学総合グローバル学部教授
東京都生まれ。1988年東京外語大学フランス語学科卒業。同年共同通信社入社。経済部、ニューヨーク特派員などを経て2007年独立。同年よりニューヨーク在住。著書に『「教育超格差大国」アメリカ』、『カナダ・デジタル不思議大国の秘密』など。
1965年静岡県生まれ。90年上智大学外国語学部卒業。同年中日新聞社入社。94年退職。97年ジョージタウン大学大学院政治学部修士課程修了。2007年メリーランド大学大学院政治学部博士課程修了。文教大学准教授などを経て14年より現職。著書に『アメリカ政治とメディア』、共著に『現代アメリカ政治とメディア』など。
ワシントンでは野党民主党が主導するトランプ大統領に対する弾劾手続きが着々と進んでいる。大統領の弾劾は約250年のアメリカの政治史上でも3度しか前例がない、いわば歴史的な一大事だ。にもかかわらずそれほど大きなニュースになっていないのはなぜか。
今回の弾劾は大統領がウクライナに対する軍事援助と引き換えに、2020年の大統領選で脅威となる可能性のある政敵の民主党バイデン元副大統領親子の不正に関する調査を要求するという、職権乱用の嫌疑が懸けられている。もし嫌疑が立証されれば、個人の政敵を追い落とす目的で大統領の外交権限を乱用したことになり、不正行為としてもかなり重い部類に入る。
実際、政権が誕生して以来、トランプ大統領はこれまでの常識ではあり得ないような数々の不祥事やスキャンダルに塗れながら、失脚を免れるばかりか、一定の支持率を維持し続けてきた。数々の差別的発言は言うに及ばず、顧問弁護士を使って愛人関係にあった元ポルノ女優に手切れ金を払わせた事実も表面化しているし、個人の納税記録の提出も拒んだままだ。政権発足から3年も経たないのに、国務長官、国防長官、司法長官、FBI長官など主要閣僚を含む政権幹部の辞任が後を絶たない一方で、局長以下はいまだに成り手がいないために空席のままになっているポストが半数近くも残っている。
とにかくこんな政権は誰もみたことがない。これまでの常識でいけば、政権が5回や10回は飛んでも不思議ではないと言っても過言ではないほど、トランプ政権は数々のスキャンダルや不祥事に塗れながら、これまでこれを難なく乗り切ってきた。
アメリカ政治が専門で政治とメディアの関係を研究している上智大学の前嶋和弘教授は、この「トランプ現象」や「ニューノーマル」と呼ばれる現象の背後には、メディアの分断があると指摘する。インターネットが普及する以前から多チャンネル化が進むアメリカでは、メディアが民主と共和、左と右、リベラルと保守にくっきりと色分けされ、一般市民は自分の政治信条と親和性の高いメディアからしか政治の情報を得なくなっている。実際、保守派の大半はフォックス・ニュースなどの右派メディアしか見ていないし、リベラル派はMSNBC、CNNなどの左派メディアのみから情報を得ていることが、世論調査でも明らかになっている。
今回の「ウクラナゲート」にしても、既存のマスメディアやCNN、MSNBC、ニューヨーク・タイムズなどリベラルメディアの視聴者、読者の大半は前代未聞の職権乱用スキャンダルとして認識しているが、フォックス・ニュースやラッシュ・リンボーショーなどから情報を得ている保守派にとっては「ウクライナゲート」なるものは民主党もしくはリベラル派のトランプ追い落としのための陰謀に過ぎないということになる。
インターネットの普及で更にメディアの多チャンネル化が進み、その結果、いっそう分断が進んだアメリカでは、もはや「マス」などというものは存在しない。かつて3局で全米を独占していた全国ネットの3大ネットワークですら、一桁台の視聴率を必死で取りにいかなければならなくなっているのが、今日のアメリカのメディアの実情なのだ。
今日のアメリカには、政治や社会の現状に強い不満を持ち、どんなひどいスキャンダルがあってもトランプを支え続ける鉄板トランプ支持層が、3割強存在すると言われる。本来は2大政党制のアメリカで大統領は3割台の支持では当選できないが、メディアによる情報空間の分断が社会の分断を生んでいる今日のアメリカでは、有権者の3割というのは巨大な塊だ。リベラル派がトランプを叩けば叩くほど、この鉄板支持層はより強固になるという面すら持っている。
このような状況を見ると、アメリカのメディアで多チャンネル化や多様化が日本より進んでいることが、かえってメディア、ひいては社会の分断を加速させているようにさえ見えるところはある。実際、トランプ大統領自身、仲の良いジャーナリストがキャスターを務めるフォックス・ニュースの番組にはたびたび出演し、メディアの分断を巧みに利用してきた。
しかし、在米ジャーナリストでアメリカのメディア状況に詳しい津山恵子氏は、ホワイトハウスが反トランプの色を前面に押し出した報道を続けるCNNに記者に対する記者証の発行を拒んだ時は、フォックスなどの右派系のメディアも共同戦線を組んでホワイトハウスに抗議をした結果、CNNが記者証を再交付された事例を例に取り、アメリカのメディアも最後の一線ではジャーナリズムの原則は失っていないと指摘する。
翻って日本では、アメリカと比べるとメディアの多様化は一向に進んでいない。日本の権力中枢の報道は依然として日本新聞協会加盟社しか加入できない内閣記者会と呼ばれる記者クラブと官邸報道室の談合によって「円滑に」運営されている。そのため、東京新聞の望月記者のような例外中の例外を除けば、政権と記者の表だった対立や対決などというものは一切存在しない。
しかし、本当に分断されているのは、どっちなのだろうか。参入障壁が低いため多くのメディアが市場で群雄割拠することになった結果、そこにつけ込んだ政権がメディアの分断に成功している現在のアメリカと、メディアが丸ごと権力に取り込まれているが故に、対立が表面化しない日本とでは、どっちがまともなのだろうか。日本ではメディアの劣化のために実際は厳然と存在する利害対立が表面化しない、あるいは隠蔽されているだけではないのか。
今週のマル激ではアメリカ政治とメディアに詳しい前嶋、津山両氏をゲストに迎え、アメリカのメディアの分断の実態やトランプとアメリカのメディアがどう戦ってきたかを検証した上で、日本の政治とメディアの関係との対比などを、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。