日本が東アジアの貧乏小国に堕ちるのを防ぐための唯一の処方箋はこれだ
小西美術工藝社社長
1965年イギリス生まれ。87年オックスフォード大学卒業(日本学専攻)。アンダーセンコンサルティング、ソロモンブラザーズを経て、92年ゴールドマン・サックス入社。金融調査室長、マネージングディレクター(取締役)、パートナー(共同経営者)を経て2007年退社。09年小西美術工藝社入社、取締役に就任。10年代表取締役会長、11年より同会長兼社長。著書に『日本人の勝算 人口減少×高齢化×資本主義』、『デービッド・アトキンソン 新・生産性立国論』など。
デービッド・アトキンソン氏はかつてゴールドマンサックス証券で金融調査部長を務め、90年代の日本の不良債権危機にいち早く警鐘を鳴らしたことで知られる。そのアトキンソン氏は今、小西美術工藝社という漆塗、彩色、錺金具の伝統技術を使って全国の寺社仏閣など国宝・重要文化財の補修を専門に行う会社の代表に就いている。そのかたわら裏千家に入門し茶名「宗真」を拝受するなど、日本の伝統文化への造詣はそこらあたりの日本人よりも遙かに深い。
そのアトキンソン氏にイギリス人の目で見た日本の魅力とダメなところを聞くと、意外なことがわかる。どうもわれわれ日本人は、自分たちがすごいと思っているところが外国人から見ると弱点で、逆に必ずしも自分たちの強さとは思っていないところに、真の強さが潜んでいるようなのだ。
例えば、日本人の多くは、日本が1964年の東京五輪や1970年代の万博を経て、経済大国への道を駆け上がることが可能だったのは、日本人の勤勉さと技術や品質への飽くなきこだわりがあったからだと信じている。
しかし、アトキンソン氏はデータを示しながら、戦後の日本の経済成長の原動力はもっぱら人口増にあり、他のどの先進国よりも日本の人口が急激に増えたために、日本は政府が余計なことさえしなければ、普通に世界第二の経済大国になれたと指摘する。
実際、今世界で人口が1億を超える先進国は日本とアメリカだけだが、第二次大戦に突入する段階で日本のGDPは世界第6位で、既に日本には教育、工業力、技術力など先進国としてのインフラがあった。そして、第二次世界大戦の終結時から現在までの間、日本の人口は倍近くに増えたが、当時日本よりもGDPで上位にいたイギリス、フランス、ドイツ、ロシアなどの列強諸国は日本ほど人口が増えなかった。だから、日本はそれらの国を抜いて世界第二の経済大国になったというだけであり、あまり勤勉さだの技術へのこだわりなどを神話化することは得策ではないとアトキンソン氏は言うのだ。
むしろ90年代以降の日本は、過去の輝かしい成功体験と、その成功の原因に対する誤った認識に基づいた誤った自信によって、身動きが取れなくなっていたとアトキンソン氏は見る。
逆に、日本は人口増のおかげで経済規模を大きくする一方で、一人ひとりの生産性や競争力を高めるために必要となる施策をとってこなかった。そのため、規模では世界有数の地位にいながら、「国民一人当たり生産性」は先進国の中では常に下位に甘んじている。
その原因についてアトキンソン氏は、日本は長時間労働や完璧主義、無駄な事務処理といった高度成長期の悪癖を、経済的成功の要因だったと勘違いし、その行動原理をなかなか変えられないからだと指摘する。
また、その成功体験に対する凝り固まった既成概念故に、日本人、とりわけ日本の経営者は一様に頭が固く、リスクを取りたがらない。人口増加局面では、無理にリスクなど取らず、増える人口を上手く管理していけば自然に経済は成長できたが、人口増が止まり、むしろ人口の減少局面に直面した今、効率を無視した日本流のやり方は自らの首を絞めることになる。
しかし、その一方でアトキンソン氏は、日本人の清潔なところや治安の良さ、住みやすさ、細やかな気配りや器用さ、真面目さといった素養は、日本人の潜在的な能力の高さを示していると言う。日本人は潜在能力は非常に高いが、過去の成功体験に対する間違った認識から、その潜在力を発揮できず、逆に改めるべき点がなかなか改められないというのがアトキンソン氏の見立てだ。
特に日本人、とりわけ日本人経営者のリスクを取ろうとしない姿勢や、極度に面倒なことを嫌う性格が、日本人の潜在力の発揮を妨げているとアトキンソン氏は言う。そして、それこそが、実は日本の経済的成功の残滓だった可能性が高い。つまり、元々先進工業国としてのインフラが整っている日本で人口が急激に増えれば、黙っていても経済規模は大きくなる。その間、経営者がリスクテークをしたり面倒なことをすれば、それはかえって経済成長を邪魔する可能性すらある。こうして、リスクテークをせず、面倒なことも避けようとする経営体質が日本に根付いたとすれば、人口の減少局面に瀕した今、まさにそこから手を付けなければならないのではないかとアトキンソン氏は主張するのだ。
日本の潜在力を引き出すためのウルトラCとして、アトキンソン氏は政府が最低賃金を全国一律で毎年5%引き上げることを提唱する。そうなれば「頭の固い」「リスクテークをいやがる」日本の経営者でも、厭が応にも毎年5%以上の生産性を上げる必要性に駆られることになり、過去の過った成功体験にすがっている場合ではなくなるからだ。
外国人だからこそ見える日本の長所、短所を厳しく指摘するアトキンソン氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。