5Gを巡る米中の覇権争いと日本の選択
野村総研エグゼクティブ・エコノミスト
年末恒例となった公開マル激。
今年は日産のゴーン元会長の再々逮捕で長引く勾留が海外から批判を受けている日本の刑事司法制度の問題を入り口に、社会がコモンセンスを取り戻すための可能性や処方箋を考えた。
ゴーン氏の事件については、有価証券報告書の虚偽記載や、今回の再々逮捕の要件となった特別背任にどの程度の犯罪性があったのかが争点となるが、検察や日産側からのリーク情報が流れてくるばかりで、一向に実態がわからないため、今のところはなんともいえない。
しかし、原発事業の損失を隠蔽するためにはるかに大規模な粉飾を繰り返した東芝に、指一本出そうとしなかった東京地検特捜部が、大きな外交問題になりかねないこのような微妙な事件を独断で仕掛けられるとはとても思えない。
当然、法務省、並びに官邸の承認は得ているだろう。
そこで気になるのは、フランスのマクロン大統領が欧州軍の創設をめぐり、アメリカのトランプ大統領と強い緊張関係にあることだ。これはアメリカにとってヨーロッパの覇権にも関わる重要な安全保障問題だ。アメリカがみすみす覇権を明け渡すはずがない。
実際、マクロンは今、経済政策をめぐり国内で苦境に立たされており、欧州軍どころではない。そのマクロンにとってルノーと日産を経営統合させ、フランス国内に日産の工場を招致できるかどうかは、政権の命運に関わる大問題だ。
具体的にアメリカが何をどう動かしたのかは今のところ知るよしもないが、この事件の背後には何かとてつもない大きな力が働いていると考えるのは、うがち過ぎだろうか。
アメリカが同盟国を使って邪魔者を排除しようと試みたという意味で、カナダによる、ファーウェイの創業者の娘で副会長のCFOを務める孟晩舟氏の逮捕とゴーン氏の事件には共通点が多い。
ファーウェイ問題では日本がイギリス、カナダ、オーストラリアなどとともに、アメリカ陣営につくことが自明のことのように受け止められているが、果たして本当にそれでいいのか。これは何をめぐる争いなのかを、長期的な視点に立って考えてみる必要があるだろう。
アメリカはファーウェイが5G時代のネットワークの覇権を握れば、あらゆる情報が中国政府に筒抜けになる危険性があると主張する。しかし、そもそもエドワード・スノーデンが告発したように、アメリカ政府も通信事業者やネット事業者を通じて、あらゆる情報を抜いていたことは周知の事実だ。
また、市場原理の名の下でマネタイゼーションのために最適化されたSNSのアルゴリズムは、必ずしも人々を幸せにしないばかりか、社会の分断を加速する。共産党による一党独裁が続く中国は中国でいろいろ問題はあるが、そろそろ日本も盲目的にアメリカの後を追随するだけでいいのかを真剣に考えた始めた方がいいだろう。
一番気になるのは、そうした国の社会のあり方に関する基本的な問題についての議論が、年々聞かれなくなっていることだ。フェイクニュースの蔓延や政府や企業による情報操作を問題にする人は多いが、そもそも人々は真面目で面倒くさい情報そのものから目を背け始めている。正しさだけで通用した時代は終わってしまったのだ。
しかし、共通善としてのコモンセンスを失い、各人が自分の利益の最大化にしか関心を持てなくなってしまった社会は、必ずや滅びる。かつて何がコモンセンスかが自明だった時代があったが、残念ながらそれは古きよき時代だ。困難だが自明ではないコモンセンスを取り戻すための努力を地道に続けていくしかない。
ジャーナリスト神保哲生と社会学者宮台真司が、2018年を振り返りながら、劣化が止まらない社会の中でコモンセンスを取り戻すための可能性や条件を議論した。