現行の働き方改革では教員の長時間労働はなくならない
愛知工業大学基礎教育センター教授
1970年大阪府生まれ。94年神戸大学教育学部卒業。96年大阪大学大学院人間科学研究科前期博士課程修了。京都大学にて博士(教育学)号取得。京都大学高等教育研究開発推進センター教授などを経て2018年より現職。中央教育審議会将来構想部会ワーキンググループ臨時委員、河合塾教育イノベーション本部研究顧問を兼務。著書に『大学生白書』、『高大接続の本質』、近著に『学習とパーソナリティ』など。
日本の大学生があまり勉強しないことは昔からよく知られている。
最近ではひと頃のように授業をサボって雀荘やゲーセンに入り浸る学生はほとんどいないようだが、それでもあまり勉強をしないところは、今も昔とほとんど変わっていないようだ。
2007年から3年ごとに全国の大学生約2,000人に「大学生のキャリア意識調査」を実施し、その結果をこのほど『2018年大学生白書』にまとめた溝上慎一氏によると、日本の学生は平均すると授業時間以外に週5時間足らずしか勉強をしていないのだという。アメリカでは日本の短大に当たるコミュニティ・カレッジでも平均で週12時間程度、アイビーリーグの名門校など上位校になると授業以外に週30~40時間は勉強をしなければ授業についていけないのが当たり前だというから、日本の学生が勉強しない説は、かなりデータによっても裏付けられていると言わざるを得ない。
無論、ただ勉強時間が長ければいいという話ではない。実は日本では大学生活においてリーダーシップ力やコミュニケーション力、問題解決力などの能力がどの程度身についたかを大学生自身に質問した結果、大半の学生が、特にそうした能力が向上したとは感じていないことが明らかになっている。しかも、その数値は2007年からほとんど変化していない。
この調査結果が深刻なのは、実はこの10年、日本では様々な大学の改革が行われてきたにもかかわらず、成果が上がっていないことを示しているからだ。
実際、日本では1991年の大学設置基準の大綱化を受けて、2004年の国立大学の独法化や大学の認証評価の導入など、数多くの改革が実施されてきた。特にこの10年は、2008年の「学士課程答申」を皮切りに2012年の「質的転換答申」、2014年の「高大接続答申」といった、重要な改革が実施されるなど、一連の大学改革の「仕上げの期間」だったと溝上氏は言う。しかし、学生の学習時間はほとんど延びず、自己評価を見る限り学生も大学から受けた恩恵は少ないと感じていることが、明らかになってしまった。
まだまだ日本では大学は学問を探究する場所ではなく、就職するための踏み台程度にしか考えていない人が多いのが現実なのかもしれない。しかし、もしそうであれば、せめて大学で、将来自分が何をしたいかを見つけて欲しいと願う親は多いにちがいない。ところが、実はその点でも日本の大学はむしろ後退している。大学生に「自分の将来について見通しを持っているか」を聞いたところ、見通しがあり、何をすべきか理解し、実行していると答えた人は2010年の28.4%から2016年には22.7%に下がっている。全体的に日本の大学は学生の能力を伸ばせていないし、社会や時代に立ち向かう自立性や社会性といった意識を育てることもできていない。
溝上氏は、このデータからは、「今の大学教育では日本の学生は変えられない」との結論を導き出さざるを得ないと語る。
実は溝上氏はこの9月、長年在籍した京都大学を去り桐蔭学園に転身した。神奈川県横浜市にある私立の中高6年一貫校だ。その理由が、大学だけをあれこれ変えてみても学生は変わらないことを痛感したからだという。中学、高校時代にある程度学生の基礎的な資質を育てておかなければ、どんなに大学で制度改革を行おうが教育の成果はあがらないだろうと、溝上氏は語る。
桐蔭といえば野球やラグビーが全国的に有名だが、かつて1990年代には100人を超える東大合格者を出し「文武両道」などと持て囃されたこともある、名だたる受験校だった。ところがその桐蔭が今、東大合格者も10人に届くかどうかと言ったところまで低迷している。受験競争に過剰に適応した結果、その後学校として進むべき方向性を見失っていた桐蔭だからこそ、これまでの日本の中学や高校にはなかった新機軸を打ち出すチャンスがあると語る溝上氏は、中学から積極的にアクティブ・ラーニングのクラスなどを取り入れていく方針を打ち出している。
「大学生のキャリア意識調査」を実施した溝上氏と、調査の結果明らかになった日本の大学生の実態や、そこから見てきた日本の大学教育の問題点、そしてその処方箋などについて、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。