現行の働き方改革では教員の長時間労働はなくならない
愛知工業大学基礎教育センター教授
1962年東京都生まれ。一橋大学法学部卒業。イリノイ大学大学院数学科博士課程単位取得退学(ABD)。東京工業大学より博士(理学)。国立情報学研究所助教授を経て現職。著書に『コンピュータが仕事を奪う』、『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』など。
AIがちょっとしたブームだ。
巷では人間と人工知能の能力が逆転する「シンギュラリティ(技術特異点)」が実現するのが、もはや時間の問題であるかのような言説が、真しやかに語られている。人工知能が自分自身よりも優れた知能を作り出すことができるようになれば、理論的にはその能力は天井知らずになり、人間の能力を凌ぐことなど容易なことになるのだという。
しかし、『AI vs 教科書が読めない子どもたち』の著者で数理論理学者の新井紀子氏は、AIがどんなに進歩しても、それが数学的な計算をする装置である以上、人間の能力を超えることなどあり得ないと言い切る。そもそもそこで言うところの「人間の能力」が何を意味しているのかさえ、人類は正確にはわからないのが実情なのだ。
「ロボットは東大に入れるか」(通称:東ロボ)で人工知能による東京大学の入学試験の突破を試みた新井氏は、どれだけAIの性能があがっても、東大には入れないだろうと言う。その理由として新井氏は、東ロボが東大に受かるためには常識の壁が立ちはだかるからだという。
東ロボを通じて見えてきたことは、AIには得意なことと苦手なことがあり、それは計算機の計算能力とは別次元の事だと新井氏は指摘する。その辺のパソコンで解けない問題は、そもそもAIには解けないタイプの問題なので、仮にスーパーコンピューターや量子コンピューターを持ってきても解けないことに変わりはないのだそうだ。
この先どんなにAIが進歩しても、人間にしかできない仕事は残ると聞けば、安心する人も多いかもしれない。しかし、新井氏はAIが人間を上回ることはないが、今日人間が行っている仕事の多くがAIに取って代わられることは避けられないという。今、人間が行っている仕事には人間にしかできない仕事ではないものが多いからだ。
新井氏は東ロボのプロジェクトを進める過程で、東ロボが解けない問題を解けない子どもたちが多くいることにも気付いた。それは端的に言えば、文章を読み解くための読解力を必要とする問題だ。AIがどんなに進歩しても、人間にしかできない仕事は残るが、今の教育は人間にしかできない仕事に就くために必要とされる能力を子どもたちに与えられていないのではないかと、新井氏は危機感をあらわにする。
AIが進歩することによって、今人間が行っている仕事の何がAIに取って代わられることになるのか。その時、人間にしかできないこととは、どのような仕事なのか。その仕事をできるようになるために、われわれは今の子どもたちにどのような教育を提供する必要があるのか。もしかするとわれわれは、AIに簡単に取って代わられる分野の能力を身につけることに躍起になってはいないか等々、新井氏の問題提起から考えさせられることは多い。
AIを東大に入れるためのプロジェクトを通じて明らかになった、AIが得意なことと苦手なことは何か、人間にしかできないことは何か、AIに簡単に取って代わられてしまう能力とは何かなどについて、新井氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。