コロナで20万人が死んでいても大統領選挙が接戦になる理由
上智大学総合グローバル学部教授
1971年北海道生まれ。99年北海道大学法学部卒。2004年同大学法学研究科博士課程修了。博士(法学)日本学術振興会特別研究員、北海道大学大学院法学研究科講師などを経て15年より現職。著書に『アメリカ連邦政府の思想的基礎ージョン・アダムズの中央政府論』、共訳書に『アメリカ帝国の胎動: ヨーロッパ国際秩序とアメリカの独立』など。
今週末は安倍首相が訪米し、トランプ大統領との間で首脳会談やゴルフなどを通じて、日米同盟の緊密さを再確認したことなどが大きなニュースとなっている。国防や安全保障を全面的にアメリカに依存してきた日本、とりわけその官僚機構にとっては、就任以来、既存の秩序を物ともせずに我が道を突き進むトランプ政権の暴れっぷりを目の当たりして、狼狽するのも無理からぬことだろう。トランプ政権の人権や既存の秩序を軽視する姿勢に対して、世界の主要国首脳の大半が苦言を呈する中、日本としてはなり振り構わずトランプの懐に飛び込む以外に選択肢はないと考えての深謀遠慮なのだろう。しかし、それにしても、何が起きようともとにかくアメリカに抱きつくしかないという現在の日本状況は、日本がアメリカ依存一辺倒で来たことのリスクを露呈させる結果ともなっている。日本既定の外交路線の妥当性を再検証するいい機会なのではないか。
さて、そのトランプ政権だが、1月20日の発足以来、衝撃的な大統領令を連発し、既存のアメリカの政策・外交路線から一気に離脱する構えを見せている。そればかりか、これまでアメリカが国際社会で担ってきた役割についても、問答無用で放棄するつもりのようだ。選挙向けの大言壮語と思われていた数々の暴論に近い選挙公約も、どうやら本気だったことがここに来て鮮明になってきている。
しかし、それにしてもトランプ政権は一体、どのような思想や理念、政治信条に基づいて、そこまで大胆な路線変更を行っているのだろうか。大統領自身は『Make America Great Again』や『America First』などのスローガンを繰り返すばかりで、その発言からは政治理念などは一向に見えてこない。
現在、トランプ政権の理念的支柱の役割を果たしているのが、大統領の主席戦略官兼上級顧問を務めるスティーブ・バノンだ。そして、そのバノンはオルトライト(オルタナ右翼)と呼ばれる思想の持ち主であることを自認している。
オルトライト自体は昨年あたりから突如として表舞台に出てきた保守・右翼思想のいち流派で、NPI(National Policy Institute=国家政策研究所)なるモンタナ州の正体不明のシンクタンクを主宰するリチャード・スペンサーという人物が、自らをそう名乗ったことが端緒となっている一派だ。果たして思想と呼べるだけの理論体系が整っているかどうかも定かではないが、問題はその主張する内容が、人種、ジェンダー、宗教を問わずあらゆる差別を推奨し、白人至上主義を自認してやまないという、どう見ても危険な思想であることだ。
今のところ大統領自身がどこまでその思想に染まっているかは不明だが、トランプ自身はこれまでどちらかというと思想や政治信条とは縁遠い人生を生きてきたと考えられているだけに、ハーバード卒、ゴールドマンサックス出身で高い知的能力を有するといわれるバノンが主導するオルトライト思想に、政権が容易に操られてしまうことが懸念されている。いや、バノンがトランプの選挙運動の責任者を務めたトランプ政権誕生の立役者だったことを考えると、トランプ政権は少なくとも政策面では、発足前からオルトライトに牛耳られていたと考える方が自然だろう。
実際、トランプは当選後の最初の人事でバノンの主席戦略官兼上級顧問への就任を発表しているし、政権発足直後には、政権の安全保障政策を企画、立案する最高意思決定機関の国家安全保障会議(NSC)の常任委員にバノンを昇格させると同時に、軍関係者を同会議から降格させるなど、バノンの重用ぶりを隠そうともしていない。
オルトライトとはどのような思想なのか。それはアメリカ、そして世界をどこに導こうとしているのか。アメリカ思想史に詳しい石川敬史氏とともに、アメリカの建国以来の政治思想の流れを再確認した上で、今オルトライトなる思想が前面に出てきた背景を、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が探った。