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2016年11月12日公開

トランプ政権への期待とリスク

マル激トーク・オン・ディマンド マル激トーク・オン・ディマンド (第814回)

完全版視聴について

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完全版視聴期間 2020年01月01日00時00分
(終了しました)

ゲスト

1975年兵庫県生まれ。96年東京大学法学部卒。米・ラトガース大学大学院を経て、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。法学博士。甲南大学法学部教授を経て、2014年より現職。専門は比較政治・アメリカ政治。 著書に『移民大国アメリカ』、『アメリカ政治―制度・文化・歴史』など。

著書

概要

 大方の予想を裏切ってドナルド・トランプが2016年のアメリカ大統領選挙を制した。

 公職経験も軍歴も皆無の、まったくのワシントンのアウトサイダーであり政治の素人でもある大穴の候補が、これ以上ないというほどワシントンでの華々しい経歴を誇る大本命のヒラリー・クリントンを破っての、まさかの勝利だった。

 これまで暴言を繰り返してきた異色の候補の勝利には、ことごとく予想が外れたアメリカの専門家たちもさることながら、世界中が驚きをもって受け止めている。何かとてつもない大変化がアメリカを襲おうとしているとの指摘は後を絶たない。

 確かに、トランプ政権がアメリカをどう変えるかについては今のところまったくの未知数であり、リスク要因も多い。しかし、選挙の結果を見る限り、アメリカに大きな地殻変動が起きたというよりも、クリントンの明確な戦略ミスがトランプの当選を許したという側面が大きいと言わざるを得ない。今回の選挙ではオバマが勝利した前回の選挙と比べた時、実際に動いたのはほんの一部の、しかし鍵となる州の、ごく僅かな票に過ぎなかったからだ。

 クリントンが一般投票の総数ではトランプを上回る票を得ながら、選挙人の獲得数で大きく差をつけられた最大の原因は、これまで伝統的に民主党が押さえてきた人口の多い、よって選挙人の割り当ても比較的多い「ラストベルト」の諸州をことごとく落としたことに尽きる。現職で民主党のオバマが共和党のロムニーに勝利した2012年の大統領選の結果と比べても、それは明らかだ。今回、クリントンは伝統的な民主党の票田であり2008、2012年とオバマが押さえたウイスコンシン(選挙人10人)ミシガン(16人)、ペンシルバニア(20人)の3州をいずれも僅差で落としている。勝負に「たられば」は禁物と言われるが、この3州を普通に押さえていれば、仮にフロリダ(29人)とオハイオ(18人)を落としても、ヒラリーは楽に勝っていた。

 とは言え、クリントン陣営がなぜラストベルトの有権者の動向を見誤ったかについては、マイケル・ムーアが指摘するような「没落したアメリカ中間層の怒り」の激しさを過少評価していたことは明らかだ。かつて鉄鋼業や自動車産業が栄え、それが廃れた後、鉄が錆付いたことを意味するラスト(錆)ベルト(地帯)と名付けられた中西部の五大湖周辺地域では、かつて世界が羨む豊かさを享受する中間層を形成してきた労働者たちが、工場の海外移転と外国からの安い製品の流入とで、塗炭の苦しみを味わっているとムーアは指摘する。その怒りは、これまで彼らの苦境を放置してきたワシントンの既存の政治体制に向けられ、クリントンはその象徴のような存在になっていた。本来は伝統的な民主党支持者である彼らの不安や不満を汲み上げられなかったクリントン陣営の戦略ミスが、結局は命取りになった。

 一方、トランプはそんなクリントンの戦略ミスを尻目に、見事な選挙戦を戦い抜いた。すべてが戦略的な意図に基づくものではなかったかもしれないが、数々の暴言や下半身にまつわるスキャンダルなどメディアが泣いて喜びそうなネタをコンスタントに提供することで、メディアのエアタイム(放送時間=露出)を確保し、有権者の注目を自分だけに集中させつつ、党の予備選で左派のバーニー・サンダースの攻勢に晒されたクリントンが左に引っ張られることで、大きく空いた中間層に訴える政策をしっかりと用意するなど、一見粗野に見える言動や行動とは対照的とも言える緻密な選挙戦を展開した。

 前例の無い新しいタイプの大統領となるトランプが、既成の常識にとらわれない破壊力で、閉塞状態に陥ったワシントンの政治を根っこから変えてくれるかもしれないという期待がある一方で、すべてが未知数のトランプ政権にはリスクも大きい。過去に公職に就いた経験が皆無のトランプだ。誰が閣僚になるかによってトランプ政権の方向性は大きく左右されそうだが、全くのワシントンアウトサイダーであり政治のアウトサイダーでもあるトランプ政権では、今のところ誰が閣僚になるかさえ全く予想がつかない状態だ。

 また、仮にそれが注目を集めるための戦略だったとしても、選挙戦でトランプが煽ってきた差別や偏見は一旦火が点けばそう簡単には収まらない。今後、これがアメリカ社会にどのような影を落としていくことになるかについては、注意が必要だろう。

 しかし、数あるトランプリスクの中でも、トランプ政権下のアメリカでもっとも大きな影響を受ける可能性があるのは移民政策になるだろうと、アメリカの移民政策に詳しい西山隆行成蹊大学教授は指摘する。選挙戦でトランプは、移民によってアメリカの職が奪われているとして、メキシコ国境に万里の長城を建てると公言した。また、イスラム教信者の入国を禁止するとも公言している。そもそもトランプを支持したプアホワイトと呼ばれる白人の低所得層は、アメリカにおける白人の割合がヒスパニックやアジア系に押され少数派に転落することに危機感を抱いている人々だ。

 彼らの不安や不満に訴えることで当選を果たしたトランプ政権は移民政策に何らかの変更を加えないわけにはいかない。これは先進国が軒並み少子化と人口減少に見舞われる中で、移民を受け入れることで経済的な力を維持してきたアメリカという国の性格、ひいては国のあり方を根本から変える可能性があると西山氏は言う。

 トランプはなぜ勝てたのか。トランプ政権はどのような政権になるのか。トランプの下でアメリカは移民国家の旗を下ろすのか。西山氏とともに、大統領選挙の結果とトランプの公約を検証しつつ、今後のアメリカの方向性をジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

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