1943年千葉県生まれ。66年東京教育大学文学部卒業。同年農水省入省。林野庁、農業総合研究所海外部、横浜国立大学教授などを経て2008年より現職。博士(経済学)。横浜国立大学名誉教授。著書に『戦後レジームからの脱却農政』、『農協・農委「解体」攻撃をめぐる7つの論点』など。
安倍政権が60年ぶりの大改革と位置づける農協の改革案が2月9日、政府・与党と農協の上部団体である全国農業協同組合中央会(全中)の合意によってひとまず決着した。全中の監査権限や指導権限に制限を設けることと引き替えに、農協利権の本丸とも呼ぶべきJAバンクやJA共済などの金融保険事業の大半を占める准組合員の取り扱いの5年間の保留を認めるこの改革案について、安倍首相は「強い農業を創るための改革。農家の所得を増やすための改革」と主張する。
しかし、今回の改革で農協を解体することが、どこまで日本の農業の再生に繋がるのか、また農協が縮小、もしくは消滅した場合の、地域社会への影響などは未知数だ。
確かに日本の農業は問題が山積している。1960年には1454万人だった日本の農業就業人口は2010年には261万人にまで減少する中、農業就業者の高齢化が進み、慢性的な後継者不足に悩まされている。TPPで国産農産物に対する保護が撤廃されれば、日本の農業を取り巻く環境はさらに厳しくなることが予想される。国内農業の衰退は食料安全保障上も懸念されるべき問題と言っていいだろう。
とは言え、農協を解体することが、果たして日本の農業の活性化につながるのか。政府・与党が主張するように、農協機構の最上部に位置する全中の権限の源泉ともいうべき監査権限を制限することで、個々の単位農協にとっては、独自の事業展開が可能になるという理屈はわからなくはない。実際、農協を通じた農産物の取引額は既に全体のおよそ半分にまで減少している。
しかし、農政の問題に詳しい大妻女子大学教授の田代洋一氏は、監査権限の制限が単位農協を活性化させる効果は期待できないとの見通しを示す。なぜならば、今回の改革案では監査権限が外部の公認会計士に移るだけであり、それ自体が、農家が流通、加工分野や国際市場などに展開していくような経営効果を生むとは考えにくいからだ。
一方で、米価を維持する上で農協が果たしてきた役割は大きかったと、これまでの農協の存在意義を評価する田代氏は、農協が弱体化することで、これまで地域社会で農協が果たしてきた生活インフラサービスの代替的役割や互助的機能が失われ、それが一層の耕作地放棄や農地荒廃のような事態を生むことが懸念されると言う。
農協改革は誰のためにあるのか。農協が果たしてきた機能の中で、温存されなければならないものはないのか。安倍政権が進める農政改革と日本の農業の今後について、ゲストの田代洋一氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。