トランプ7300万票の意味を考える
慶応義塾大学SFC教授
1967年北海道生まれ。90年上智大学外国語学部卒業。92年ハーバード大学大学院東アジア地域研究科修士課程修了。97年同大学大学院人類学部博士課程修了。博士(社会人類学)。ケンブリッジ大学、英オックスフォード大学、ハーバード大学客員研究員などを経て、06年より現職。著書に『文化と外交パブリック・ディプロマシーの時代』、『アメリカン・デモクラシーの逆説』など。
11月4日のアメリカ中間選挙ではオバマ大統領率いる民主党が大敗を喫した。
今回の中間選挙では上院選、下院選、州知事選の3つの選挙が行われたが、民主党はいずれも大きく議席を減らした上に、上院でも過半数を失い、上下両院で少数党に転落した。オバマ大統領は残された2年の任期で厳しい政権運営を迫られることは必至で、既にレームダック化が取りざたされている。
2008年に「YES WE CAN」を掲げてアメリカ政治史上初のアフリカ系大統領として熱狂的な支持を集めたオバマ大統領だが、医療制度改革をめぐり議会と対立し、外交面でもウクライナ情勢ではロシアに主導権を握られ、またイスラム国の台頭を許すなど、就任当時の期待とは裏腹にアメリカ国内では大統領としての指導力に大きな幻滅が広がっていることは事実だ。
実際、選挙直前の支持率は40%台にまで低落し、中間選挙では民主党の候補者たちの多くが、何とかしてオバマと距離を置こうする姿勢が目立った。
アメリカ研究の専門家で、慶應義塾大学環境情報学部教授の渡辺靖氏は「そもそも大統領選が希望の選挙と言われるのに対して、中間選挙は失望の選挙と言われている」として、アメリカの中間選挙は伝統的に政権党に厳しい審判が下されることが多いことを指摘する。
しかし、それを考慮に入れても、オバマの不人気ぶりには隔世の感がある。実際に、リーマンショック直後に大統領に就任し、破綻金融機関の国有化などで恐慌化を未然に防ぎ、4000万人とも言われる医療保険を持たない貧困層にオバマケアで健康保険への加入を可能にし、核無き世界を訴えてノーベル平和賞を受賞するなど、日本から見ればオバマの功績は決して小さくないようにも見える。また、アメリカはオバマの就任後、年々失業率を下げ続け、景気も決して悪いわけではない。
なぜこうまでオバマ離れが進んでしまったのだろうか。
渡辺氏はオバマの議会と妥協しない頑固な姿勢が政治に閉塞をもたらしたとの指摘や、オバマケアについてもその正当性ばかりを主張して、伝統的に政府支出が肥大化することに懸念を持つ人が多いアメリカの保守層に丁寧な説明を怠ったことなど、オバマの政治家としての能力や資質(Competency)に疑問符がつけられたことが、オバマにとっては痛手だったと指摘する。実際、オバマは大統領というよりも、大学の法学教授のようだとの批判も、まんざら外れてはいないところもあるかもしれない。
しかし、どうやら原因はそれだけではなさそうだ。
今回の中間選挙は、史上最高となる約36億7千万ドル(約4163億円)の政治資金が投入された、アメリカ史上もっともお金のかかった(the most expensive)中間選挙だった。実際、テレビコマーシャルだけでも9億ドル(約1042億円)以上が費やされ、その大半が候補者や政党を中傷するネガティブキャンペーンに回ったと見られている。
そして共和党は数百万回は流れたといわれるテレビCMで徹底的にオバマ大統領の政策をこき下ろし、特にオバマケアは格好のターゲットにされた。テレビのゴールデンタイムで繰り返し、「オバマは嘘つきだ」を連呼するテレビCMが流れているのが、今のアメリカの実態なのだ。
そして、アメリカでここまで巨額の資金が選挙に注ぎ込まれることになった背後に、2010年1月に下された最高裁の「シチズンズ・ユナイテッド(Citizens United)判決」があった。これはシチズンズ・ユナイテッドと称する保守系の政治団体が、2010年当時大統領候補だったヒラリー・クリントン氏をこき下ろすテレビCMをケーブルテレビで流そうとしたところ、選挙管理委員会からストップがかかり、これを「表現の自由」への制約として訴えていたもの。最高裁は企業にも憲法第一修正条項で保証された表現の自由があり、政治資金への制限はこの表現の自由を制約するものとの判断の上に、事実上企業献金を制限した過去の法律に違憲判決を下したのだった。
この判決によって、これまで厳しい制約が課せられていた企業・団体からの政治資金の提供が、事実上無制限となった。ただし、青天井となった企業の政治資金の対象は、スーパーPACと呼ばれる候補者自身を支援することができない政治団体に限定されているため、結果的に候補者を支持するテレビCMよりも、相手候補を中傷したり攻撃するテレビCMが急増する結果となった。
「表現の自由」を根拠に企業に無制限の政治資金提供を認めたアメリカの選挙は、もはや一部の富裕層やグローバル企業がスーパーPACに無尽蔵の資金を注ぎ込み、大量の政治CMで大統領や対立候補を叩く、金券選挙の様相を呈し始めているが、メディアも政治CMの放送料という恩恵を受ける立場にいるため、こうした傾向に必ずしも十分な批判を加えられていない状況だという。
そのような中で戦われた中間選挙の結果を、単にオバマの指導力不足に起因するものとして片付けてしまっていいのだろうか。これから金権選挙がますます進む中で、アメリカの政治はどのように変質してくるのか。そして、それは日本や世界の他の国にどのような影響を与えることになるのか。
アメリカ中間選挙の結果を検証しながら、その背後にあるアメリカ政治の変質とその影響について、アメリカウォッチャーの渡辺靖氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。