なぜか「高規格」救急車事業が食い物にされるおかしすぎるからくり
株式会社「赤尾」特需部救急担当
1957年東京都生まれ。82年早稲田大学文学部卒業。85年アメリカン大学大学院国際関係課程修了。米情報調査会社勤務などを経て90年よりフリーランス・ジャーナリスト。著書に『勝てるビジネスのヒント 日本の未来はここにある』、『大統領のつくり方』、『MITSUYA 日本人医師満屋裕明 - エイズ治療薬を発見した男』など。
西アフリカでエボラウイルスが猛威を振るっている。
WHO=世界保健機関によると、8月18日までに約2500人が感染し、既に1300人以上が死亡しているという。感染者数、死者の数いずれも過去最悪だ。エボラウイルスは感染者の体液が傷口などに触れない限り感染はしないとされ、空気感染もないことから、ウイルス自体の感染力はそれほど強くはない。にもかかわらず、医師の数も圧倒的に不足しており、依然として流行は拡大し続けている状況にある。
しかし、エボラ出血熱が最初に流行したのは1976年、38年前のことだ。ウイルスも発見されている。にもかかわらず、なぜ未だにエボラ出血熱の治療薬が存在しないのだろうか。確かに致死率は高い恐ろしい病気だが、逆に致死率が高いからこそ、とうの昔に治療薬が開発されていてよかったはずではないか。
「ひと言で言えば、エボラはペイしない病気だからだ。」ジャーナリストで抗ウイルス薬の研究開発に詳しいゲストの堀田佳男氏はこう語り、エボラウイルスの治療薬の研究開発が進まない背景に、医薬品業界の大人の事情があると指摘する。
元々、抗ウイルス薬と呼ばれる種類の治療薬は、研究が難しく、治療薬を開発しようというインセンティブが働きにくい分野だといわれているが、ウイルス疾患では、いまや世界中の約3400万人が感染しているといわれるエイズは、ウイルスの存在が確認された1981年以降、治療薬の研究開発が盛んに行われてきた。感染が確認された時期は、エボラより遅いにもかかわらず、エイズ治療薬の開発が進んだのは、堀田氏によると、まさにその感染者数が大きく影響しているという。治療薬を研究開発する製薬会社にとって、感染者数は顧客数と同じ意味を持ち、エイズはつまり市場規模が大きい疾病だったというわけだ。さらにエイズは先進国、特にアメリカ国内で感染が広がったことで、先進国の間で研究に対する関心が高まった。
今回のエボラの流行は史上最悪の規模だが、それを含めてもここまでの感染者数はせいぜい5000人程度にとどまる。死者の数は累積で3000人ほどだ。しかも流行地域は、現在までのところアフリカにとどまっている。全世界で感染者3400万人、年間死者数170万人のエイズとは、確かに市場規模が違う。新薬の開発に1000億円単位のコストがかかると言われる昨今、アフリカ人5000人だけを対象とするだけでは開発費が回収できないことは誰の目にも明らかだ。
堀田氏によると、新薬の開発にかけるコストは膨大で、さらに長期間にわたった研究が必要とされることから、製薬会社の研究開発は自ずと売れる薬に偏重してしまうのだという。日本では新薬の開発に9年から17年もの期間が必要とされていて、新規の薬効成分の発見からスタートして、新薬として承認され、販売されるまでにかかるコストは、約1千億円とも言われている。しかも、最終的に承認を得て販売に漕ぎ着けられる新薬は2万7000~8000分の1の確率しかない。つまりほとんどの新薬研究は販売にまで至らないのが普通で、文字通り万に一つの確率で商品化に至った場合、その販売でこれまでに失敗をした開発プロジェクトのコストまで回収しなければならない。エボラのように致死率も高く恐ろしい病気の治療薬の開発が放置される背景には、製薬会社の研究開発が大きな需要が見込まれる疾病の研究に集中せざるを得ない、このような裏事情があるのだという。
しかし、人の命を救う医薬品の開発という、非常に公共的な行為が、もっぱら製薬業界の市場原理に委ねられていていいのかという疑問は残る。儲かりそうもないというだけの理由で、今回のエボラのようなケースや、罹患者が少ない難病治療の研究がほとんど進まないまま放置されていいとは思えない。
需要の少ない分野の薬剤は「オーファン・ドラッグ」と呼ばれているが、1980年代にアメリカでは、患者数の少ない疾病の治療に関して、オーファン・ドラッグの研究開発費の一部を公費で負担する制度が導入されている。患者数が少ないものの重篤な疾患で医療上の必要性が高いなどの要件のもとで、公的な支援を行うというもので、実は日本にも似た制度はある。しかし、日本ではそれに回される予算は、年間50億円程度に過ぎず、「1つの新薬の開発に1000億円」という製薬業界の市場原理と比べるといかにも心細い内容だ。
国境なき医師団に、西アフリカにおけるエボラ出血熱大流行の現状などを聞いた上で、40年も前から流行を繰り返しているエボラが未だに死に至る恐ろしい病気であり続けている理由の背景にある医薬業界の市場原理の実態や、研究開発のシステムとその課題などについて、ゲストの堀田佳男氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。