電力供給の8割を再エネで賄うことは可能だ
自然エネルギー財団シニアマネージャー
1940年静岡県生まれ。63年慶應義塾大学経済学部卒業。2002年千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。日本開発銀行調査部長、日本経済研究所専務理事、OECD都市環境局、アラバマ大学招聘講師、帝京平成大学教授、明星大学教授などを経て、09年より現職。アラバマ大学名誉教授を兼務。学術博士(政策研究)。著書に『リニア新幹線 巨大プロジェクトの「真実」』、『必要か、リニア新幹線』。
皆さんはこの秋にも総工費が9兆円を超えるリニア新幹線の建設工事が始まることをご存じだろうか。ではその中身についてはどうか?
JR東海は現在、2027年の完成を目指して東京・名古屋間を40分で結ぶことになるリニア中央新幹線の建設計画を進めている。建設費用は5兆4300億円。最終的には2045年に東京・大阪間を67分で結び、トータルの建設費用は9兆300億円にも達する前代未聞の超巨大事業だ。
超伝導が発する磁力で浮いたまま疾走する夢の乗り物、リニアモーターカーの最高時速は500キロ。現在新幹線で約1時間40分かかる東京・名古屋間を40分で、新幹線で約2時間30分かかる東京・大阪間は67分で結ばれるという。確かに「時速500キロの世界最速」や「名古屋は東京の通勤圏に」などは喧伝されているが、プロジェクトの中身やその問題点は必ずしも十分に周知されてきたとは言えなそうだ。
公共政策や大規模事業に詳しい千葉商科大学客員教授の橋山禮治郎氏は、今回のリニア中央新幹線計画は民間企業が実施するプロジェクトという位置づけのため、外野はとやかく言うなといわんばかりの進め方できているが、鉄道というものの公共性ゆえに、もし事業が失敗すれば、多くの市民が多大な影響を受けることは避けられないと指摘する。また、原発と同様、リニアプロジェクトには元々国が深く関与してきたことから、事業が失敗に終わった場合、政府がこれを何もせずに放置するということは考えにくい。多かれ少なかれ、国民にツケが回ってくる可能性のある超大型事業が、国民不在のまま進んでいることに橋山氏は強い違和感を覚えると言う。
橋山氏は公共政策の成否は、目的の妥当性や経済合理性、そして環境適合性や技術的な信頼性によって決まるが、リニア中央新幹線は、いずれの要素にも疑問符がつくと言う。夢の超音速旅客機コンコルドは「マッハの旅客機」などとそのスピードが大きく喧伝されたが、高額な運賃や騒音問題を克服できなかったために姿を消していて、それと同じような末路を辿る可能性が高いのではないかと橋山氏は言うのだ。
リニア中央新幹線計画では、まず、経済的な見通しに大きな疑問符がつく。橋山氏の試算では、JR東海や、事実上計画を認可した政府の交通政策審議会の試算によるリニア中央新幹線の利用客数は、あまりにも非現実的で楽観的な見通しに基づいているという。
そもそもリニア新幹線は既存の東海道新幹線と競合する。東海道新幹線はJR東海にとっては唯一といってもいいドル箱路線だ。仮に新幹線からの乗り換えがあったとしても、その分新幹線の利用客が減ってしまえば、JR東海にとっては大きな利益は期待できないばかりか、大きな損失をもたらす可能性すらある。しかし、審議会やJR東海の見通しでは、現在の輸送需要が将来的に大きく拡大することを前提に、リニアも東海道新幹線も両方が採算が取れるとの試算を打ち出しているのだ。
さらに環境に対する影響も懸念されている。高速度を出すためにできるだけ直線で結ぶことになるリニア新幹線は、東京・名古屋間の87%が地下を通り、南アルプスを貫通することになる。現在、山梨県には約42キロのリニアの実験線が既に完成しているが、実験線の周辺では、山肌を貫くトンネル工事によって地下水脈が分断され、予期しない場所での大量の出水や、生活用水や河川、沢の水涸れなどの問題が各地で報告されている。今後、南アルプスの山間をぶち抜く工事が進む中で、未曾有の水問題に直面する可能性は否定できない。更に、工事の途中で思わぬ大水脈にぶち当たり、黒部第四ダム工事に匹敵するような出水との闘いを強いられる可能性すら否定できないと橋山氏は言う。
この事業は当然、環境アセスメントの対象だが、橋山氏は環境アセスメントによる評価は不十分で、環境への影響に対する手当ては十分になされていないと厳しく批判する。ほかにもリニアの運行によって余計に必要となる電力の問題や、トンネル工事に伴う膨大な残土の処理問題なども、十分に中身が検討されたとは言えないと橋山氏はいう。
このように事業そのものにも問題は山積しているが、しかしそれ以前のそもそも論として、21世紀の日本の経済や社会の現状や、これからのわれわれのライフスタイルを考えた時、10兆円もの費用と高い環境負荷をかけて、時速500キロで走るリニアを建設し、東京と名古屋を40分で結んだとして、そのことにどれほどの意味があるのだろうか。
確かに10兆円の大型事業によって、ゼネコンを始めとする経済界は多いに潤うのかもしれない。しかし、そのような土建国家モデルのまま、この先も日本は進むつもりなのだろうか。1980年に大平内閣の下で田園都市国家構想の構築に関わった橋山氏は、一度大型事業が計画されたら最後、それが止まらない日本の体質に、政治の責任を指摘する。官僚が一度計画された公共事業を止められないのと同様に、生存のために大型事業を必要としている重厚長大産業が支える経済界も、一度走り出したら止まらない性格を持つ。しかし、それを止めるのが最後にそのツケを払うことになる国民の監視の目であり、それを行動に移すことができる政治のリーダーシップではないかと言うのだ。
このプロジェクトは着工に必須となる環境影響評価が今、大詰めを迎えていて、既に環境相や国土交通相による意見書がJR東海側には伝達されている。このままいけば、今秋にも工事着工の予定だというが、今ならまだ間に合う。事業内容の合理性を今あらためて再検証し、国民的な議論に付した上で結論を出すべきではないだろうか。
ゲストの橋山禮治郎氏とともに、天下の大愚策になりかねないリニア新幹線の事業内容を今、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が再検証した上で、時速500キロで移動が可能になることの意味をあらためて考えた。