あなたが変われないのは実は変わりたくないから?!
哲学者
1956年京都府生まれ。87年京都大学大学院文学研究科西洋哲学史専攻博士課程満期退学。京都教育大学非常勤講師、甲南大学非常勤講師、奈良女子大学非常勤講師などを経て、現在、日本アドラー心理学会認定カウンセラー。同学会顧問を兼務。著書に『嫌われる勇気』、『アドラー心理学入門』、『アドラー 人生を生き抜く心理学』など。
4月にお送りした「あなたが変われないのは実は変わりたくないから?!」に続く岸見一郎氏によるアドラー心理学入門の第2弾。
日本でもアドラー心理学は確実に認知されつつあるようだ。アドラー研究の第一人者で哲学者の岸見一郎氏がアドラー心理学の論点を分かりやすく解説している著書『嫌われる勇気』はついに発行部数が30万部を突破し、アマゾンの2014年上半期和書総合部門の第一位に輝いたという。
アドラー心理学は、現在の自分の存在理由を過去に求める、フロイトなどの精神分析とは一線を画し、いまの自分はこの先の目的のために存在し、かつ行動するという「目的論」の立場を取ることが大きな特徴だ。そのために明確にトラウマを否定し、今自分はどうするのかに集中する。悲しい過去というものは自分が過去のあるできごとに悲しいという評価を与えた結果に過ぎず、今の自分の状態や行動を説明する際にそのような過去を引っ張り出しても何の解決にもならないからだ。
今回は4月の第1回目の番組での議論を受けて、「課題の分離」というテーマを中心に岸見氏に聞いた。
アドラーによれば、あらゆる対人関係のトラブルは、他人の課題に土足で踏み込むことから生じるという。適正な人間関係を構築して維持していくためには、自分と他人の領域を峻別する、「課題の分離」という考え方を十分に理解して実践していく必要があると岸見氏は言う。「課題の分離」とは端的に言えば何が誰の課題なのかを明確にするということ。親子関係を例に取ると、勉強をしようとしない子どもに対して「勉強して欲しい」と考えるのはあくまでも親の考えであり、都合である。実際に勉強するのは子どもであるし、しないことで結果を引き受けることになるのも子ども自身であることから、これは子どもの課題に他ならない。子どもの課題であるはずの「勉強をする」という行為を親が「しなさい」とか、「あなたのためを思って言っている」などと介入するのは課題の分離ができていない結果だ。「課題の分離」には、最終的な結末を引き受けるのは誰かという視点が必要で、宿題をしないことで生じる結末を引き受けるのは子どもであり、親がそれを強いたところで、子どもが自分の人生を生きることにはならない。しかも、親に言われて勉強をしているようでは、親に褒められることや親を満足させることが勉強の目的になってしまい、それはむしろ子どもの自立を妨げることになりかねない。
そもそも「あなたのためを思って言っている」という発想自体が、アドラーが「縦の関係」と呼んでいる上下関係の存在を前提としている。親は賢明だが子どもは未熟で愚かであるという前提だ。そして、アドラー心理学は前提として他者からの承認を求めることを否定し、他人との関係では、縦よりも横の人間関係こそ望ましいとしている。他者からの承認を得ようとする人は、他者の期待を満たそうとして行動するようになり、それが果たされないと不安を感じたり、逆に相手を恨んだりしがちだ。昨今流行のソーシャルメディアで相互承認行為を強要されるような疲れを感じたりするのはそうした一例と言えるかもしれない。また縦の関係とは主従、先輩後輩の関係であり、一方が従属することで責任を放棄し、もう一方は他人の領域に踏み込むことが当たり前だと思ってしまう状態に陥りやすい。こうした関係は結局、責任を誰が引き受けるのかが曖昧になり、誰の課題なのかを意識することもしない、極めて不合理な関係になってしまう。対人関係を縦の関係と捉えて他人を低く見ているからこそ、課題を分離せず、不必要な介入を行い、それが正しいと錯覚してしまう。そうなると、もはや自由な関係性は望むべくもなく、誰の人生を生きているのかさえ分からなくなってしまうのだ。
では、横の関係を実現するのはどうしたらいいのか。岸見氏は、課題を分離した上で、相手を評価しないことだと説明する。また岸見氏は「同じではないけれど対等である意識を持つことが重要」と指摘する。親子関係では、親は子どもと同じではない。年齢が違うし、経験の蓄積も、社会的な立場も違う。しかしそれは優劣の問題ではなく、単に「同じではない」に過ぎないという。それが同じではないが対等な人間関係を基にした「共同体意識」にも繋がっていくと説く。
アドラー心理学のいう「課題の分離」とは何か。人は対等な関係をどうやって構築すれば良いのか。その先にある「共同体意識」とは何か。アドラー心理学の目指す自由と幸せに生きる考え方について、ゲストの岸見一郎氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。