[5金スペシャル]今、アフリカ映画が熱い
シネマアフリカ代表
完全版視聴期間 |
2020年01月01日00時00分 (期限はありません) |
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1946年大阪府生まれ。70年東京大学教養学部卒業。72年同大大学院社会学研究科修士課程修了。78年コーネル大学大学院修士課程修了。79年東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。在インドネシア日本大使館付専門調査員、名古屋大学大学院教授などを経て97年慶應義塾大学経済学部教授。2012年定年退任。同年より現職。著書に『9・30 世界を震撼させた日』、『戦後日本=インドネシア関係史』、『資源の戦争 「大 東亜共栄圏」の人流・物流』など。
1974年東京生まれ。98年東京都立大学人文学部卒業。2001年同大学大学院地理学専攻課程修了。専門学校講師などを経て、06年シネマアフリカ設立、代表に就任。
5週目の金曜日に特別企画を無料でお届けする恒例の5金スペシャル。今回の5金では世界で起きた虐殺の悲劇を描いた映画を取り上げる。
最初に取り上げたのは、いま話題のドキュメンタリー映画『アクト・オブ・キリング』。この映画ではインドネシアで1965年に起きた「9.30事件」の虐殺当事者が登場する。
「9.30事件」とは、クーデター未遂事件に端を発し、その後3年間にも及ぶ共産主義者の大虐殺を指す。あるクーデター未遂事件をきっかけに共産主義に寛容だった当時のスカルノ大統領が失脚し、代わって実権を握り第2代大統領の座に就くスハルト少将(当時)の下で、民兵組織や一般市民による凄惨な共産主義者への迫害が行われた。少なくても50万人、一説によると300万人もの共産主義者やその疑いをかけられた市民が虐殺されたとされる。当時インドネシアには350万人もの党員を抱える合法的なインドネシア共産党があったが、共産主義者は神を信じない輩として、イスラム教徒が多数を占めるインドネシアではそれを殺害することが正当化されていた。
映画『アクト・オブ・キリング』にはその虐殺を直接に行った民兵組織やならず者たち自らが登場し、当時の虐殺の様子を誇らしげに証言する。ジョシュア・オッペンハイマー監督が彼らに当時の様子を再現するような映画を製作してみてはどうかと提案し、実際に撮影が進行していく様子をドキュメンタリーとしてカメラにおさめていったのがこの作品だ。
当初、映画の前半では自ら1000人の共産主義者を殺したと胸を張るアンワル・コンゴらに虐殺や拷問に対する罪の意識は微塵も見られない。しかし、映画で虐殺や拷問のシーンを撮影するうちに、彼らの中にも被害者の視座が芽生えてくる。そして、映画の終盤でこれまで撮影した映画のシーンを見直す場面では、映画の前半では考えられなかったような驚くべき反応を彼らが見せるようになる。
虐殺があったのは1965年。ほぼ50年前の話だ。しかし、インドネシアの歴史や社会情勢に詳しい慶應大学名誉教授の倉沢愛子氏は現在のインドネシア国内でも、依然として1965年の虐殺は正当化されているという。「当時の殺人者全員がとは言わないが、ほとんどの虐殺当事者は、自分が行った蛮行をまったく悔いていない」と話す。
映画では、アンワルらがインドネシア国営放送に出演するシーンが登場するが、番組のアナウンサーは彼らの虐殺を咎めるどころか、むしろ賛美するかのように応対する。倉沢氏は「インドネシア国内では共産主義者というレッテルを貼られることが何よりも恐ろしいことと考えられている」と解説する。インドネシアでは現在も共産主義者の虐殺を容認したスハルト政権を支えた政治家や官僚らが権力の中枢に大勢残っているため、虐殺の批判や総括は難しいのだと言う。
また倉沢氏は、当時日本政府もこうした虐殺を知っていたが、知らないふりをして経済的な関係強化のみに傾注していったという対応を批判する。それが虐殺を裏で操っていたとされるスハルト体制を経済的に助けることに繋がり、日本も虐殺や弾圧を支えていたことになるに等しいという。ドキュメンタリー映画『アクト・オブ・キリング』を通して見える悲劇の実相やインドネシア社会の現状などをゲストの倉沢愛子氏とともに議論した。
続いて取り上げたのは1994年のルワンダ虐殺を描いた『100DAYS』(邦題:ルワンダ虐殺の100日)。この5月は1994年のルワンダ虐殺からちょうど20年目にあたる。1994年4月6日にルワンダのハビャリマナ大統領が乗った飛行機が撃墜されたのをきっかけに、ルワンダで多数派のフツ族が、少数派のツチ族と穏健派フツ族を手当たり次第に鉈などで殺戮した虐殺事件では約100日間で80万とも、100万とも言われる市民が市民の手によって殺害されたという。
ルワンダ虐殺を扱った映画は『ルワンダの涙』、『ホテル・ルワンダ』、『四月の残像』などが有名だが、シネマアフリカ代表でアフリカの映画事情などに詳しいゲストの吉田未穂氏は、『100DAYS』こそが、こうしたルワンダ虐殺映画の原型となった作品で、ルワンダ人のプロデューサーが犠牲者の視点から悲劇を描いたものだと言う。映画では、国際社会がいかに無力だったか、頼りにしたキリスト教の教会、神父がいかに犠牲者らを欺いていたかが描き出される。しかし、表現のトーンはあくまでも淡々としていて、それがかえって欧米からみるとセンセーショナルな虐殺の悲劇が、ルワンダ人にとっては当たり前の史実であるという認識の差、受け取り方の温度差を突きつけてくる。
吉田氏は現在のルワンダ社会は20年前の悲劇を少しずつだが総括しつつあり、女性の社会進出も目覚ましく、首都のキガリには高層タワービルやショッピングモールなども建ちはじめているという。ただ、映画で虐殺者側の視点からあの悲劇を取り上げた作品も出始めているとは言え、インドネシアのケースと同様に、当時の虐殺の当事者がルワンダ社会の中枢に多く残っている今、虐殺のような歴史的な悲劇を総括することは容易ではない。
今回の5金スペシャルでは、第1部で『アクト・オブ・キリング』を通してインドネシアの「9.30事件」から現在までの実相を、そして第2部では『100DAYS』から見えてくるルワンダ虐殺を取り上げて、それぞれのゲストともにジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。