トラウマを乗り越えることの難しさを社会は理解できていない
児童精神科医
1966年神奈川県生まれ。89年東京大学農学部農業経済学科卒業。94年同大学大学院農学系研究科博士課程修了。農学博士。97年茨城大学農学部助教授などを経て2006年より現職。著書に『日本農業の構造変動 - 2010年農業センサス分析』、『北関東農業の構造』など。
政府は12月10日に決定した「農林水産業・地域の活力創造プラン」で、「減反政策の廃止」を打ち出したとされる。安倍首相は9日の会見で、「40年以上続いてきた米の生産調整を見直し、いわゆる減反の廃止を決定した。減反の廃止など絶対に自民党できないと言われてきた。これを私たちはやったのだ」と長年の課題だったコメ農政の大転換に胸を張ってみせた。政権の意向を受けたものかどうかは定かではないが、確かに11月下旬頃から大手メディアもこぞって「減反廃止」を大々的に報じている。しかし、専門家や農業関係者からは、今回政府が決定した内容は実際には、安倍首相が誇ってみせたような「減反政策の廃止」とはほど遠い内容ではないかとの指摘が聞こえてくる。
減反政策というのは、コメの値崩れを防ぐために、転作に対して補助金を出すなどして、コメの生産を管理することである。しかし農政問題に詳しいゲストの安藤光義氏によると、今回、政府が決定した内容では、実際にはこれまで通り転作奨励の補助金は続けられる。いや、むしろ項目によっては新設・増額さえされている。また、これまで政府が行ってきたコメの生産数量目標の管理も、これまで通り政府が行うという。唯一の違いは、これまで都道府県別に割り当てていた生産数量目標を廃止し、政府は国全体の生産目標だけを公表することになった点だという。
民主党政権時代に鳴り物入りで創設した戸別所得補償制度は5年後の廃止が決まったものの、全体としては従来の補助金農政と変わらない、それどころか項目によっては補助金が増額されている分、農政全体の予算規模は膨らむ可能性すら指摘されているのが、今回の決定の実態なのだ。
日本のコメ農政は戦後一貫してコメ自給率100%を掲げて進められてきた。1970年代に入ると需要の頭打ちや豊作などもあってコメの供給過剰が表面化し、政府がその需給管理に本格的に乗り出すことになった。政府は毎年の米価を決めて、コメを全量買い上げる一方、コメ農家に対しては、麦や大豆などへの転作を奨励してコメ生産を抑制することで補助金がつく仕組みを設けて全体の供給量を管理するいわゆる減反政策がスタートした。
安藤氏は減反政策は当初うまく機能していたと評価する。しかし、その後、日本人のコメの消費量は年々減少し、コメ余りが深刻化すると同時に、ブランド米などの自主流通米が拡大したために、今や250万ヘクタールある日本の水田の4割にあたる100万ヘクタールが、減反の対象となってしまった。転作による生産調整も転作率が4割を超えるところが多く、減反という名の補助金によって米価を買い支える日本の農政の基本モデルはもはや限界を迎えていると安藤氏は指摘する。そして更に日本人のコメ離れとTPPなどによる市場からの圧力が加わることは必至な情勢なのだ。かといって、日本の財政の現状を考えると、これ以上のコメを買い支えるだけの財源などどこにもないことも論を待たない。
なんだかんだ言っても減反はやめられない。一方で、減反による米価の買い支えももはや限界を迎えている。しかも、これ以上買い支える財源もない。安藤氏は、もう少し早ければ減反をやめるという選択肢もあったかもしれないが、もはやそれも難しいという。そのような袋小路にあって、相変わらず抜本的な政策転換を図ることができなかったというのが、今回安倍首相が胸を張り、マスコミ各社が大々的に「減反廃止」と報じた新しい農業政策のもう一つの現実なのだ。
「日本から4割の水田が消えた時の景色を想像できますか」と安藤氏が指摘するように、日本にとって水田が持つ意味は単なるコメを作る耕作地以上の意味を持つ。今、われわれにはどのような選択肢が残されているのか。それでもこのような弥縫策を続けた場合の最悪のシナリオとはどのようなものなのか。ゲストの安藤光義氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。