ガン大国日本で食品添加物が選挙の争点にならない不思議
食品評論家
1945年岡山県生まれ。九州大学大学院農芸化学専攻修了。京都大学薬学部研究生を経て、製薬会社に入社。現在、食品会社研究室顧問、専門学校講師。著書に『食品業界は今日も、やりたい放題』、『悲しき国産食品』など。
ブラックタイガーが車エビと表記されていたり、冷凍モノをフレッシュと表記するなどいわゆる「メニュー偽装」が大きく取り上げられ、一部ではホテル会社社長の引責辞任にまで発展している。そして、いよいよ政府が対応に乗り出すという。
政府は「食品表示等問題関係府省庁等会議」なる会議を発足させ、すでにホテル、百貨店、旅館などの各業界団体に対し、再発防止策の策定を要請しているという。さらに菅義偉内閣官房長官も「政府が一丸となって取り組む姿勢を示すことで、各社の自主的な取り組みを一層促進することを狙っている」などと、今回の問題に対する政府の見解を述べた。
法律で求められていないとは言え、メニューの偽装は消費者に対する裏切り行為であり、許されるべきではない。それに、長年本物のブランドの価値を守ってきた生産者の努力を踏みにじる行為でもある。それが発覚した以上は何らかの対応が必要なのはわからなくはない。
しかし、それにしても昨今の騒ぎようは、食品表示の現実を考えると、少々バランスを欠いているとの思いを禁じ得ない。
現行の食品表示制度の下では、合法的な表示があっても、実際にはその食品に何が含まれているかがさっぱりわからないのが現実なのだ。
一般に売られている食品、食材は食品衛生法などの法律によって原則としてその食品等に関する情報を表示しなければならないとされていて、基準に合う表示のない食品等を販売したり、販売のために陳列したり、また営業上使用することはできないことになっている。食品表示は、消費者が食品の正確な情報を入手する上で重要な情報を提供している。誰しも自分が食べる食品が何から作られて、どんなものが含まれているのかは大いに気になるところだろう。なかでも食品添加物は化学合成された物質を含むものも多く、長期的な摂取が健康にもたらす影響を気にする消費者も多いはずだ。
しかし、現行の食品表示制度は、食品の中身、とりわけどのような添加物が使われているかについての情報を、消費者に提供できているとは到底言えない内容だ。長年食品添加物の研究開発に携わってきたゲストの小薮浩二郎氏は「日本の食品行政は消費者よりも業界に目が向いている」ために、食品表示制度が消費者が本当に必要とする情報を提供できていないと指摘する。
現在の法律では食品添加物は原則物質名で表示することになっているが、例外として「乳化剤」などの一括表示が認められていて、具体的な食品添加物の名称が分からなくなっていると小薮氏は言う。ちなみに乳化剤というのは「グリセリン脂肪酸エステル」「ソルビタン脂肪酸エステル」「ショ糖脂肪酸エステル」など指定添加物(合成化合物)では10数品目の化学物質の総称なのだが、それぞれが更に数種類の物質を含んでいて総数ははるかに多くなる。そしてそれを複数使用していても、一言「乳化剤」と表示すればいいのだそうだ。
かつては「天然添加物」と「合成添加物」に類別されていた添加物が、いつの間にか「天然香料」、「一般飲食物添加物」、「既存添加物」、「指定添加物」のように、一般の消費者には意味が理解できないような内容に変更されていたそうだ。
他にも本来、保存料を添加した場合はそれを表記することになっているが、その添加物に栄養強化目的の機能があれば、表示が免除されるなど、どうも食品表示の実態は、一般の消費者が期待しているものと、ずいぶんと乖離したものになっているように思えてならない。
政府は食品添加物の安全性は確認されているという立場を取っているが、医薬品などと異なり、食品添加物には治験などヒトでの臨床試験が義務づけられているわけではない。ほとんどの食品添加物の安全性はマウス実験で確認されているのみで、メーカーが申請して指定を受けるという仕組みになっている。小籔氏によると一度指定されれば指定後の人体への影響などの追跡調査などはまず行われないうえに、使用する際の添加物の純度に関する基準も無く、化学的な不純物がどれだけ含まれているのかは事実上よく分からない状態だという。
添加物が広範、かつ大量に使われている現在、その内容を細かくかつ正確に表示することは現実的ではないかもしれない。しかし、一方で、食品添加物が大量に使われるようになった背景に、表示義務が甘いという側面があったことは否めない。
小薮氏は消費者がもう少し食品表示に対する知識をつける必要性を強調する。われわれはビタミンという表示をみると体によさそうなイメージを持ってしまいがちだが、加工食品に使われているビタミンはコストのかかる天然由来のものはほとんどなく、化学合成されたものがほとんどだと言う。果たしてわれわれはそのことをどれだけ意識していただろうか。
小籔氏は添加物が気になる消費者は食品表示の意味やその抜け穴の実態を知ると同時に、必ずと言ってもいいほど多くの添加物が多く含まれる加工食品を極力避けるような食生活を心がけるべきだろうと話す。
メニュー偽装で騒ぐのもいいが、そもそも偽装されていない食品の表示は正確で妥当なのか。われわれは食品表示の意味をどれほど理解できているか。ゲストの小薮浩二郎氏とともにジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。