関東大震災から100年の節目に考える地震と原発と日本
元裁判官
1975年東京都生まれ。99年九州大学法学部卒業。同年毎日新聞社入社。大津支局、福井支局(敦賀駐在)、大阪社会部、科学環境部などを経て2012年より現職。著書に『福島原発事故 県民健康管理調査の闇』。
福島第一原発の事故で放射性物質が広範囲に拡散したことを受けて、福島県では人体への影響を調べる県民健康管理調査を2011年の6月から実施してきた。
さる8月20日には、子どもへの甲状腺検査の結果、新たに6人から甲状腺がんが見つかり、甲状腺ガンと診断された人の数は合計で18人となった。悪性疑いの症例を含めると、既に44人が甲状腺がんかその疑いのある疾病に該当するという。
通常、子どもの甲状腺がんの罹患率は100万人に1人ないし2人と言われている。これまでに福島県の甲状腺1次検査を受診した子どもは21万3千人あまりであることを考えると、甲状腺がんの認定者数18人は桁外れに多いと言わざるを得ない。しかも、疑い例の数を考慮すると罹患数は今後も増えることが予想される。しかし、県民健康管理調査の結果を評価する検討会は、頑なに福島原発事故との関連性を認めようとしない。
県民健康管理調査は、福島第一原発事故による被ばく実態の調査と、県民の健康状態の把握、県民の不安解消を目的に2011年6月から全福島県民を対象に開始された。甲状腺検査は、放射能被ばくの実態把握と継続的な経過観察のため、2011年現在で18歳以下だった子どもを対象に行っている詳細調査の一つだ。
しかし、この県民健康管理調査は当初から様々な問題を指摘されてきた。検査については放射線レベルの設定値や検査手法、検査項目の妥当性が度々疑問視され、調査を評価する検討会についても、偏ったメンバー構成や不透明な運営による不信感がメディアのみならず、福島県民の間にも広がっていた。
その不信を決定的にしたのが、検討会が事前に秘密会なる意見すりあわせの場を設けた上で、福島県の描くシナリオに沿った運営を行っているという毎日新聞のスクープ記事だった。この問題を報道した毎日新聞の日野行介記者は「検討会は県民に対して大丈夫です、という情報を届けることが主眼で、安全安心の結論がまず先にあり、そのための情報のコントロールをどうするか、がすべての出発点だった」と、検討会のそもそもの在り方を厳しく批判する。
福島原発事故は3基の原発がほぼ同時にメルトダウンし、大量の放射能が外部に流出するという、未曾有の原子力災害だ。そして、不幸にも被曝をしてしまった福島県内と周辺の人々にとって、被曝が自分や家族の健康に与える影響は何にも増して深刻かつ重要な情報であることは言うまでもない。
しかし、この県民健康管理調査は、当初からその目的の中に「不安の解消」が含まれていたことからもわかるように、事実を正確に記録し、それを被害者に誠実に伝え、不幸にも被曝してしまった場合、その健康への影響を最低限に抑えるために必要な措置を取るための重要な機会を提供するはずだった。
しかし、なぜか福島県も、またその検査を主導した有識者たちからなる検討会も、調査が明らかにする情報をコントロールし、悪い情報を隠蔽することに奔走してきた。秘密のリハーサルまで開いて何とか事故の影響を小さく見せ、被害の実態が外から見えないように彼らを駆り立てるものは一体何なのか。
この問題を取材してきた日野氏は、県職員や県立医大の医療関係者など健康管理調査を実施している当事者たちが、真に県民の健康に関心があるのか疑わしいとまで言う。われわれは原発事故以降、できる限り真実を隠蔽し、情報をコントロールしようとする姿勢を至るところで目撃してきた。これは決して福島県の県民健康調査特有の現象ではなさそうだ。
権力を手にしたその瞬間からまず情報を隠そうとするのが人間の常だとするならば、われわれはそれにどのように立ち向かえばいいのか。毎日新聞の日野記者とともに、県民健康調査から見えてくる、利益相反に甘く情報公開に後ろ向きな日本の実情を、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。