自民党に歴史的大敗をもたらした民意を読み解く
慶應義塾大学名誉教授
1954年東京都生まれ。77年慶応大学法学部卒業、82年同大学院法学研究科博士課程修了。法学博士。ミシガン大学客員助教授、プリンストン大学、カリフォルニア大学バークレー校研究員、慶応大学法学部助教授などを経て、91年より現職。専門は計量政治学。著書に『政権交代〜民主党政権 とは何であったのか』、『制度改革以降の日本型民主主義』など。
どうも選挙に盛り上がりが感じられない。本来であれば、憲政史上初めて憲法改正を公約に掲げた政権党が審判を受ける選挙であり、長年日本の政治にとって足枷だった衆参の捻じれが解消されるかどうかも問われている、重大な選挙のはずなのに、だ。
世論調査などでも、高い支持率に支えられた政権与党の有利が伝えられている。ある意味、無風選挙なのかもしれない。
しかし、それで本当にいいのか。
計量政治学が専門で、有権者の投票行動の分析に詳しいゲストの小林良彰慶応大学教授は「今回与党は手堅く組織票を固める戦術で動いており、非常に静かな選挙戦だ」と指摘する。特に風が吹いていない今回の選挙では、タレントなどに頼るのではなく、自分たちの支持母体をしっかりと固めた方が有利だということのようだ。
結局、過去の選挙結果をみてみると、その時々の景気動向が選挙結果を大きく左右しているのがわかる。2006年以降、日本の政治がなかなか安定せず、政権のトップが毎年のようにすげ替えられていたことと、その間、日本の景気がずっと振るわなかったことは、決して偶然の一致ではない。
しかし、果たしてそれだけでいいのか。小林氏は有権者はとかく景気や経済状況など目先の「生活争点」に目が奪われがちだと指摘する。実際は生活争点には政党間でさほど大きな対立がない。どの党も景気は良い方がいいに決まっている。
むしろ重要なのは、明確に賛否が分かれる政策「社会争点」の方だ。それは、例えば憲法改正や外交政策、エネルギー政策など、確かに賛否が明確に分かれる政策でもある。目先の景気ばかりに有権者の目が奪われると、本当に有権者の選択が大きく物を言う「社会争点」が見えにくくなる。今回の参院選がまさにそんな選挙だと小林氏は言う。
例えば与党自民党は、憲法改正を選挙公約に掲げている。そして、自民党憲法案に含まれる義務規定や人権に対する制約などの問題点は、この番組でも度々報じてきた通りだ。エネルギー政策においても原発再稼働を認めるのか、この先も原発に依存するのか、明確な賛否の分岐点がある。しかし、今回の参院選ではこれら重要な社会争点は生活争点の陰に隠れ、大きな議論の対象になっていない。
景気がいいことに気を良くして、安易に政権与党に白紙委任状を手渡せば、選挙後これらの社会争点が表面化してくることは必至だ。白紙委任状を受け取った勢力が、自分たちのやりたいようになるのは当然だろう。その時になって、現政権の経済政策を評価しただけであって、憲法改正まで認めたわけではないと泣き言を言ってもはじまらないのだ。既に与党は衆院で325議席を持ち、3分の2以上の勢力を保有している。これで参院も与党が過半数を握れば、民意があらゆる政策を与党のペースで決めることを認めたということになる。
このままの静かな選挙でいいのか。小林氏は、静かな選挙をまねいているのは、野党にも大きな責任があると苦言を呈する。野党が憲法や原発などの重要な社会争点で、与党との間で明確な対立軸を打ち出せてないからだ。しかし、どこが政権の座につこうが、選挙後は憲法改正をはじめ、社会保障制度改革や原発、財政再建、そして規制緩和などに取り組まなければならない。今、そうした社会争点について各政党の主張を聞かれて、きちんと答えられる人がどれほどいるだろうか。
われわれは今回の参院選で何を選ぼうとしているのか。自らの投票行動が、この先の日本にどんな結果をもたらすかを、真剣に検討しただろうか。まかり間違ってても、気がついた時は手遅れだったというような事態だけは避けなければならない。この選挙が何を私たちに問うているかを、ゲストの小林良彰氏とともにジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。