内部情報流出の時代
国際政治アナリスト
1969年東京都生まれ。92年中央大学法学部卒業。97年アムステルダム大学政治社会学部国際関係学科修士課程終了。2004年沖縄大学地域研究所特別研究員、07年ユーラシア21研究所研究員などを経て現職。著書に『秘密戦争の司令官オバマ』、『ウィキリークスの衝撃』など。
元CIA職員のエドワード・スノーデン氏が内部告発したアメリカ政府による諜報活動の実態は、世界に「そこまでやるのか」の驚きをもたらすと同時に、まさにビッグデータ時代にどのような情報収集が可能になってしまったかを如実に示すものとなった。
スノーデン氏が持ち出した極秘データの全貌はまだ明らかになっていないが、6月6日以降、英紙ガーディアンなどを通じて出てきた情報を総合すると、アメリカ国防総省内の情報機関NSA(国家安全保障局)が米通信大手ベライゾン社などから国内外の電話の通話記録を入手していたほか、グーグル、ヤフー、フェイスブック、マイクロソフトなどのインターネット事業者に対してもユーザーのログデータの提供を求めていたという。
米政府はいずれの活動も、米国内に潜むスパイやテロリストの容疑者を監視することが目的であり、外国情報活動監視法(Foreign Intelligence Surveillance Act=FISA)に基づき外国情報活動 監視裁判所(Foreign Intelligence Surveillance Court=FISC)と呼ばれる秘密裁判所の令状に基づいているため、法的には問題がないと主張している。
しかし、今回明らかになった「プリズム」などの情報収集・市民監視システムは、国家による個人情報の収集管理が秘密裏に進められている点などが、ジョージ・オーウェルの未来小説『1984年』に登場する支配者ビッグ・ブラザーを彷彿とさせる。コンピュータ技術や通信技術が急速に進歩したことで、膨大なデータや通話記録を丸ごと収集・保存し、それを瞬時に分類・分析することが可能になった。
そうした技術がテロの防止や犯罪の取り締まりに有効に活用されること自体は歓迎すべきことかもしれないが、大量に集められた個人のデータが悪用・濫用されるリスクはきちんと管理されているのだろうか。個人のプライバシー侵害に対するリスクの管理や、伝統的に護られてきた通信の秘密などの権利は、ビッグデータ時代にも保障されているのだろうか。更に言うならば、高度な専門性を要求される最先端の技術分野において、市民社会にその安全性を確認する能力が備わっているのだろうか。
日々何気なく使っているSNSサービスには学歴や生年月日、趣味や旅行記録、家族写真などの個人情報が溢れているが、仮に公開範囲を限定したところで、サーバーには着々と情報が蓄積されている。グーグルドライブやドロップボックスを倉庫代わりに利用している人も多いだろう。また、普段、何気なくインターネットを利用していても、インターネット上のサービスプロバイダーには全ユーザーの閲覧履歴が蓄積されている。実際、アマゾンなどで最前面に出てくる「おすすめ商品」は、その分析の成果に他ならない。あらためて思い返せば、旅行の予約、本の購入、好きな食べ物、気になるニュース、行きたい場所の地図等々、われわれは自分の人生に関するほぼすべての足跡を自ら進んでネット上に残している場合が多いのではないか。そして今回、政府がそれを一網打尽に集めることが可能であり、実際にそのようなことが行われていることが、スノーデン氏の告発によって明らかになったのではないか。
ビッグデータやクラウド時代を迎え、インターネットや情報通信はますます利便性を高めている。しかし、その一方で、そこに落とし穴はないのか。われわれは無批判に技術の恩恵に浴しているだけで、本当に大丈夫なのか。伝統的なリバイアサン的統治権力が、ビッグデータなどの新しい武器を手にした時、市民社会はこれに太刀打ちできるのか。真の敵はどこにいるのか。アメリカの諜報活動に詳しい菅原出氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。