TPPで日本の農業は安楽死する
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹
1970年大分県生まれ。93年慶應義塾大学文学部卒業。明石書店勤務などを経て2001年よりNPO法人・アジア太平洋資料センター、06年より現職。
TPP交渉は秘密協議だ。だから、会議の内容は外部からはうかがい知れない。ましてや、まだ交渉への参加を正式に認められていない日本は、ここまでの交渉で合意に達している内容すら教えてもらうことができない。
しかし、その交渉にアメリカのNGOの一員として参加した日本人がいる。アジア太平洋資料センターの内田聖子氏だ。内田氏はアメリカのNPO法人「パブリック・シチズン」の一員として、TPP交渉の場となったシンガポール会議とペルー会議にステークホールダー(利害当事者)の立場で参加してきたという。内田氏が見たTPP交渉の実態を聞いた。
内田氏はTPP交渉について、「協議は事実上、米多国籍企業によるバーゲニング(交渉)の場となっている」と話す。会合にはステークホルダーと呼ばれる企業・団体が大挙して押し寄せ、会場に企業ブースなどを設けては、各国の交渉担当者と情報交換し、時にはその尻をたたいて企業側の利益を実現させようとしている。一般的にTPPは国家間の貿易協定と理解されているが、その実情は政府がエージェントとなって企業間の利害の調整を図る契約交渉の場と化しているという。
さらに、内田氏は、日本と米国の事前協議が全く不可解だという。TPPに加わるためには既に参加している各国の同意が必要なため、日本では米国との事前協議もこれを満たすためのものと理解されているが、内田氏は「実態は全く違い、日本はTPP交渉への参加という足下を見られて、事前協議で不利な交渉を強いられている」と指摘する。
さらに、日米両政府は事前協議の合意を受けてそれぞれ合意文書なるものを公表しているが、日本版の文書と米国版とは全く違う代物だという。日本版では、農業分野など両国にセンシティブな分野が存在することを確認したなどと、例外無き完全自由化ではないことが強調されているが、米国版には農業分野のことなどは記述されていない。その一方で、今後取り組むべき日本側の非関税障壁として具体的に「保険」「知的財産権」「政府調達」などが列挙されている。米国側の合意文書を見る限り、日本は事前協議において様々な分野で大幅な譲歩を余儀なくされたと判断せざるを得ない。しかもこの事前協議はTPP交渉と並行して今後も続けられていく可能性が高い。これでは事前協議という生やさしいものではなく、TPPを隠れ蓑にした日米貿易交渉そのものではないのか。
どうもTPPというものの実態は、これまでわれわれが政府などから知らされてきたものとは大きく違うようだ。しかし、それでも日本はこのままTPPに参加するのか。事実を正確に知らされないまま、参加だけが既成事実化しているような現状で、日本は本当に大丈夫なのか。ベールに包まれたTPP交渉の実態を解き明かしながら、多国籍企業の暗躍、日米並行協議の危険性、自由貿易の行き着く先などについて、ゲストの内田聖子氏とともにジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。