オバマの広島訪問を受けて日本が次に何をするかが重要
ジャーナリスト
1933年東京生まれ。56年学習院大学政経学部卒業。同年共同通信社入社。ニューヨーク、ワシントン特派員、バンコク、ワシントン支局長、論説委員などを経て、97年(株)共同通信マーケッツ代表取締役社長。2002年より現職。著書に『銃を持つ民主主義—「アメリカという国」のなりたち』、『オバマ大統領がヒロシマに献花する日』、訳書に『キッシンジャー回想録』など。
アメリカは「オバマのアメリカ」にノーをつきつけるのか。
11月6日、アメリカで大統領選挙が行われる。4年前、「Yes, we can」のスローガンとともに熱狂的な支持に支えられて初のアフリカ系アメリカ人大統領に選出された民主党のバラック・オバマだが、11月初旬の段階で共和党のミット・ロムニーにほぼ互角の戦いを強いられるなど、再選を目指す現職の大統領としては意外なほどの苦戦を強いられている。なぜ、オバマのアメリカは4年間でここまで支持を失ったのか。
1960年以来アメリカの大統領選挙を取材してきたジャーナリストの松尾文夫氏は、投票日直前にハリケーン「サンディ」がアメリカ東海岸に大きな被害を及ぼしたことで連邦政府の支援の必要性が高まり、結果的にそれがオバマに有利に働くだろうとの理由で、オバマの勝利を予想する。しかし、もしハリケーンが来なければ、選挙はどちらに転んでもおかしくはなかったという。実際に、最初の討論会で躓いたオバマの再選が、危ういところまで追い詰められていたことはまちがいないようだ。
たった一つの台風で選挙結果が左右されるのかと思われる向きもあろうが、実は「サンディ」による台風被害とその復興支援における連邦政府への期待は、今回の大統領選挙の争点そのものでもあった。それは「連邦政府の役割とは何か」(松尾氏)という、アメリカが建国以来繰り返し自問自答してきた、アメリカにとっては国の本質を問う論点に他ならなかった。
08年9月のリーマンショック直後の09年1月に大統領に就任したオバマは、グリーンニューディールなどの公共事業を含む8000億ドルにも及ぶ大型景気対策、破綻したゼネラルモーターズの国有化、サブプライム危機を生んだ野放図な金融取引を規制する金融制度改革、そして4000万人を超える無保険者を救済するための医療保険改革など、いずれも連邦政府の介入による経済立て直し政策を矢継ぎ早に実施した。それぞれの中身の評価はともかく、常識的に考えればこれらはいずれもリーマンショック直後のアメリカには必要不可欠な政策で、オバマ政権にはそれが自分たちが期待された役割であるとの確信もあった。特に国民皆保険を目指した医療保険改革は、歴代の民主党政権が挑戦しながらいずれも挫折してきた大改革であり、オバマの名を歴史に残すと言っていいほどの大きな功績だった。
ところが、この「オバマ政権の功績」そのものが、オバマ不人気の原因となったというのだから、世の中難しい。1980年のレーガン政権以来、アメリカは基本的に「小さな政府」路線の下で、規制を減らし、政府の介入を控え、市場原理に委ねる政策を実施してきた。その結果、イノベーションや生産性の大幅な向上があったとされる一方で、社会には大きな格差や歪みが生まれていた。そのような大きな所得格差を抱えるアメリカで低所得層や社会の低層を救済するためには、政府は従来の非介入路線を変更し、ある程度規制を強化したり、政府が市場に介入する必要がある。こうしたオバマ政権の政策は「大きな政府」路線への転換と受け止められ、連邦政府の膨脹に対する警戒心が強い保守層を中心に、オバマに対する反発が強まった。特に医療保険改革(ヘルスケア・フォーム)は「オバマ・ケア」と呼ばれ揶揄の対象となった。オバマ政権の功績そのものが、オバマ不人気の原因となった背景にはそのような経緯があった。
松尾氏は、アメリカには独立以来の根強い連邦政府不信が根付いているという。元々イギリス政府の圧政から独立するために多大な犠牲を払って独立戦争を戦ったアメリカは、その経験から連邦政府というものを根っから信用していないのだという。実際、共和党のロムニー氏はマサチューセッツ州知事時代に、オバマケアとほとんど同じような医療保険改革を州レベルで実現しているが、これは高く評価されているそうだ。連邦政府がやると批判を受け、同じことを州政府がやれば評価される。それがアメリカなのだと松尾氏は言う。
今回の大統領選挙はアフリカ系アメリカ人のオバマとモルモン教徒のロムニーという、アメリカの非主流派同志の戦いという色彩も持つ。このことについて、松尾氏は「モルモンはアメリカでは既に社会に受け入れられていると思うが、黒人差別は依然として根強い。黒人のオバマが再選されることの意味は大きいだろう」と語る。
最後に松尾氏は、この大統領選挙では日本のあり方も問われているとの見方を示す。松尾氏は今回の大統領選挙では、3度の討論会を含め、日本の名前があがることが一度もなかったことを指摘した上で、アメリカの中で日本の存在がいよいよ見えないものになっているとの懸念を示す。そして、「それは日本ができることを何もやっていないからだ。」と、対中、対露、対韓関係など戦後日本がアメリカにお任せしたまま棚上げしてきたさまざまな問題を今こそ日本のイニシャチブで解決に取り組むべきであり、そこに向かうことで初めて、日本の存在が改めて再認識されると主張する。
今回で取材した大統領選挙が14回目となるというアメリカ政治専門家の松尾氏と、この大統領選挙がアメリカとそして日本に何を問うているかを議論した。