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2012年08月11日公開

ベーシック・インカムは社会保障政策の切り札となり得るか

マル激トーク・オン・ディマンド マル激トーク・オン・ディマンド (第591回)

完全版視聴について

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ゲスト

1970年神奈川県生まれ。94年京都大学経済学部卒業。97年大阪市立大学経済学研究科修士課程修了。2001年京都大学大学院経済学研究科博士課程修了。東京都立大学人文学部専任講師、ケンブリッジ大学研究員を経て、07年同志社大学経済学部准教授。11年より現職。経済学博士。著書に「ベーシック・インカム入門」、「労働再審<6>労働と生存権」など。

著書

司会

概要

 子どもひとりにつき無条件で2万6000円を支給するという子ども手当は、政権交代時の民主党の目玉政策の一つだったが、所得制限がないとの理由から世論や自民党の反発を受け、最終的には大幅な減額を余儀なくされた。なぜかわれわれ日本人の多くは、富裕層も含めた無条件の給付というものに抵抗があるようだ。

 しかし、子どものみならず、すべての人に最低限以上の生活を送るために必要な金額を政府が無条件で現金給付する「ベーシック・インカム」政策が、静かな注目を集めている。日本語では基礎所得保障や国民配当などと訳されることが多い。

 とにかく赤ちゃんから老人まですべての人に生まれてから死ぬまで一生涯、無条件で毎月の生活費が支給される。もちろん生活保護のように所得制限や条件もないため、所得調査のような行政の手間もかからない。低所得も高所得でも同じ金額をもらうので、生活保護で指摘されるスティグマ(恥辱感)の問題もない。

 そんなうまい話があろうはずはないと思われる向きもあろうが、実は大阪維新の会が先月5日に公表した維新八策に、このベーシック・インカムという文言が現実の政策として盛り込まれている。加えて、みんなの党や田中康夫氏の新党日本、環境政党「みどりの未来」といった政党はマニフェストでその導入を謳っているのだ。

 折しも8月10日、野田政権は自民、公明などの協力を得て消費税の増税法案を成立させたが、この番組でも繰り返し指摘してきたように、財政再建は重要な課題だとしても日本には格差問題というもう一つ深刻な構造問題があり、逆進性を持つ消費増税ではその問題が解決できないばかりか、むしろ問題を更に深刻化する恐れがある。なぜならば、日本では所得の再分配が十分に機能していないからだ。

 所得の再分配を進めるためには、日本が過去20年間減税を繰り返してきた所得税や法人税、相続税などの見直しが必要となるが、消費税法案でもあれだけ国会で揉みくちゃになったのを見ても明らかなように、今の日本の政治にそのような大幅な税制の改正をする政治力や安定力は当分見込めない。

 そこで今あらためて、ベーシック・インカムに注目が集まっているのだという。
昨今の生活保護不正受給騒動でも指摘されたように、現行の生活保護政策では本当に所得の補助を必要としている貧困世帯をほとんどカバーできていない。生活保護有資格者の約8割が、恥辱感などを理由に給付を受けていないとの推計もある。現行の生活保護制度の欠陥を埋める意味でベーシック・インカムは貧困や格差、孤独死といった問題の解決には有効かもしれない。しかし、果たしてそれは実現可能な政策なのか。

 ベーシック・インカムに詳しい同志社大学経済学部山森亮教授は、ベーシック・インカムだけですべての問題が解決されるわけではないが、現行の社会保障制度が抱える多くの問題に対して有効とみる。ベーシック・インカム制度が導入されれば、貧困は減り、その影響で犯罪も減るだろう。働かなくても最低限の生活は保障されるため、劣悪な環境の下での労働も改善されるはずだ。無理にいやな仕事に就く必要がなくなるため、ある程度報酬を度外視しても、自分のやりたい仕事を選ぶことができるようになる可能性もある。

 その一方で、どれだけ他の所得があってもベーシックインカムは同額が支給されるので、生活保護や失業保険などで指摘される労働意欲の阻害問題は起きにくい、毎月それだけの現金が市中に回ることで、一定の経済効果も期待できるという。

 また、ベーシックインカムが国民全員に無条件の一律給付であるため、行政コストの削減や行政の裁量の余地を減らすなどの効果も期待できる。再分配論を主張する社民主義のみならず、生活保護の恥辱感やただ乗り問題を嫌う新自由主義者、一切の政府の介入を嫌うリバタリアンの中にもベーシックインカム支持者が広く存在するのはそのためだ。

 とは言え、働かなくても最低限の生活は保障されるため、ベーシックインカムは「働かざる者食うべからず」の考え方とは相容れない。他に所得を得ても給付は減らないから、どうしても働こうという意欲は弱まるだろう。

 また、山森氏が強調するように、ベーシックインカムだけですべての問題が解決されるわけではない。ベーシックインカムの導入に当たっては、様々な社会政策を制度設計しなおす必要があり、政治的にも社会的にも、今の日本にそこまで踏み込んだ改革ができるかは大いに疑問が残る。

 また、当然のことながら、財源問題もある。仮に国民ひとり当たり無条件で毎月8万円を支給した場合、年間約120兆円が必要になる。ベーシックインカムの導入に伴い生活保護費や年金などの不要になる社会保障費分を差し引いても、新たに50兆〜60兆は必要だ。日本はもともと租税と社会保障を合わせた国民負担率が低いため、この分を上乗せしてもドイツやフランス並みの負担率に過ぎないとの試算もある。必ずしも全く非現実的な数字とは言えない面はあるが、5兆円あまりの子ども手当の負担すら拒絶した今の日本で、このような追加負担は難しいかもしれない。また、毎月8万円で最低限の生活を保障できるかについても疑問は残る。そもそもベーシックインカムが導入された時、現在の経済規模が維持できるかどうかも疑わしい。

 しかし、かといって今日日本が抱える様々な問題に対して、これといって有効な手立てがないことも事実。これだけすったもんだの末に通した消費増税も、長くて5年、短ければも2年程度でその効果は消えてしまうとの指摘もある。数年後には新たな施策が必要になることは必定な状態だ。

 これまで多くの国で議論はされながら、まだ世界に実例を見ないベーシック・インカムは、日本の社会保障制度改革の切り札となり得るのか。実現の可能性はあるのか。実現する上でどのような障害があるのか。ベーシック・インカム批判論者として知られる哲学者の萱野稔人と社会学者の宮台真司が山森氏と議論した。

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