日本が原発依存から脱却すべきこれだけの理由
原子力資料情報室事務局長
1944年満州長春(旧新京)生まれ。1968年東京大学法学部卒業。1970年弁護士登録。脱原発弁護団全国連絡会代表、浜岡原発差し止め訴訟弁護団長などを兼務。著書に『東電株主代表訴訟』、共著に『脱原発』など。
世界を震撼させた福島第一原発のメルトダウン事故から1年4ヶ月が経つ。事故直後から原子力関連の行政機関や東京電力の事故後の対応には批判が集まっていたが、ここに来て国会の事故調が原発事故を「人災」と認定するなど、あの事故が自然災害によるものであったと同時に、防災体制や事故後の対応にも大きな問題があったことが明らかになってきている。
しかし、そうした指摘にもかかわらず、依然として誰一人として事故の責任を取っていないことに疑問を感じている人も多いのではないか。しかし、そうはさせないと起ち上がった人たちがいる。東京電力の株主の有志たちだ。
さる3月5日、東京電力の株主42人が、同社の経営陣が地震や津波への安全対策を怠り巨額の損失を生じさせたとして、勝俣恒久会長ら歴代の役員27人を相手取り、計5兆5000億円を東電に賠償するよう求める訴えを東京地裁に起こした。彼らは今回のような事故が予見できる立場にありながら、事故を防ぐための措置をとる義務を怠ったとして、事故の責任を取るよう求めている。
本訴訟の弁護団の団長を務める河合弘之弁護士は、今回の事故の背景には東京電力の「集団無責任体制という体質がある。それを破壊しないと、また同じようなことをやる」と、請求額としては史上最高額となる株主代表訴訟に踏み切った経緯を説明する。
「福島では、家を奪われ家族が分断され、不本意に人生を変えられて、地獄にいる。他方東電役員は給料は減ったけど退職金を貰って、嫌なことがあったから海外旅行でもするかとか、東電が大株主の会社に天下りもする。彼らはまだ天国にいる。これでは道理が通らない」と河合氏は語る。
河合氏は東電経営陣の責任として、数々の義務違反を挙げる。過去に地震や津波のリスクは繰り返し指摘されてきたし、株主総会でもそうした指摘を受けた数々の提案がなされてきた。原発を運営する東電の経営陣は、地震や津波のリスクを十分に知らされ、今回のような事態が起こりうることが十分に予見できる立場にいながら、警告を無視し、効果的な対策を取らなかった。そうした義務違反のために、3・11の事故は防げず、しかも被害がここまで広がってしまったと河合氏は言う。
実際、河合氏ら弁護団が今回提出した訴状の中には、昨年の3月11日までに、原発の地震・津波リスクについてどれだけの警告が発せられていたのか、またどのような提案が株主総会で行われていたのかなどが、克明に記されている。東電の経営陣がそのうちの一つにでも真摯に対応をしていれば、事故は防げたかもしれないし、また仮に事故そのものは防げなかったとしても、ここまで被害が大きくなることはなかった。だから東電経営陣には明らかに責任があるのだと主張している。
例えば、2002年7月には三陸から房総沖でマグニチュード8クラスの地震が起きる可能性があることを文科省の委員会が指摘していたし、08年には原子力安全基盤機構から津波の影響で炉心損傷に至る危険性も指摘されていたが、経営陣は何ら有効な対策をとらなかった。また、09年6月には東電の株主から福島第一原発1〜3号機の廃炉が提案されているが、経営陣はこの提案にも反対していたことを、原告らは指摘している。
更に、シビアアクシデント対策や電源喪失対策にも重大な不備があったという。そもそも原発は安全神話を前提としていたため、シビアアクシデントや電源喪失を想定した訓練をほとんどやっていなかった。そのような訓練をすれば、自分たちが作った神話を自ら壊すことになってしまうからだ。同じ理由でフィルター付きベントの設置も見送られたため、結果的に炉心損傷の後、福島第一原発から大量の放射能が周囲に飛散する結果となってしまったと河合氏は語る。
河合氏はそれらはいずれも電力会社の責任であると同時に、それを無視したり先送りする決定を下した当時の役員の個人責任でもあると指摘し、彼らの経営判断のミスや経営者としての無責任な行動によって、東京電力という会社と、そしてその所有者である株主が大きな損害を受けたとして、彼らに会社に対する損害を償うよう求めている。
しかし、河合氏は株主代表訴訟が、無責任な行動を許さないための一つの手段に過ぎないことも認めている。昨今の日本では問題のある行動をとっても誰も責任を取らない場合が多すぎる。そしてその際たるものが、誰も責任を取らない体制のまま日本が突き進んできた原発政策だと考える。そして、それを改めさせるためには、株主代表訴訟以外にも民事の損害賠償請求や刑事告訴や原発差し止め訴訟、更に言論活動からデモへの参加にいたるまで、市民一人ひとりが自分にできるあらゆる手段を使って、責任者に責任を取るよう求めていくことが必要だと河合氏は語る。
浜岡、大間を始め、これまで数々の原発訴訟に携わってきた河合氏と、原発事故における東電の経営責任とは何なのか、更になぜわれわれは事ここに至るまで原発を止めることができなかったのかなど、原発問題から透けて見える日本の現状を、ジャーナリストの斎藤貴男と社会学者の宮台真司が議論した。