再エネ固定価格買取制度は失敗したのか
京都大学大学院経済学研究科教授
1952年香川県生まれ。75年京都大学工学部卒業。83年大阪大学大学院工学研究科博士課程修了。工学博士。経済学博士。京都大学経済学部教授などを経て97年よ り現職。総合資源エネルギー調査会基本問題委員会委員長代理、調達価格等算定委員会委員長、国家戦略室需給検証委員会委員、大阪府市エネルギー戦略会議座長を務める。著書に『環境と経済を考える』、共著に『国民のためのエネルギー原論』など。
今夏に予定されるエネルギー基本計画の見直しを控え、新しい日本のエネルギー政策のあるべき姿を議論している総合資源エネルギー調査会基本問題委員会の議論が大詰めを迎えているが、どうも様子がおかしい。エネルギー政策の大きな枠組みを議論するはずのところが、従来の枠組みの中で電源種別のシェアをいかに微調整するかの議論に終始しているようにしか見えないのだ。
エネルギー基本計画は日本のエネルギー政策の基本的な枠組みを決めたもので、現行の計画は2010年6月に閣議決定されていたが、2030年にエネルギー需要の50%を原発で賄う目標などが含まれていたことから、先の原発事故を受けて基本問題委員会が組織され、抜本的な見直しが行われていた。
この委員会の大きな目的は、エネルギーを通した新たな日本の社会像を議論することだった。しかし、委員会は委員長と事務局側によって定量的な議論に押し切られ、その未来像をどう描くか、という議論に踏み込むには至っていない。
経済学者で、同委員会の委員長代理を務める京都大学大学院の植田和弘教授は、「基本問題委員会の基本問題」を指摘し、現在の委員会の議論への不満を隠さない。
植田氏は、そもそも日本はエネルギー政策の決め方を議論しなければならなかった。これまでのエネルギー政策の決め方には透明性がなく、市民が議論に参加できるような枠組みも存在していなかったからだ。これはエネルギー政策に限った問題ではないが、とりわけエネルギー政策は原発を続けるかどうか、節電をどこまで求めるかなど、市民生活への影響がとても大きな分野だと言っていい。それだけ自分たちに大きな影響を与える分野の政策に、その当事者である市民が全くと言っていいほど関与できないのはおかしいと植田氏は指摘する。
基本問題委員会にしても、そもそも委員の構成もあらかじめ経済産業省によって委員長の三村明夫新日鉄会長をはじめとするエネルギー関係の利益代表によって大半が占められているため、植田氏や環境エネルギー政策研究所の飯田哲也所長らが議事進行の進め方や議題の設定方法に異議を申し立てても、多勢に無勢で押し切られてしまっている。
日本では長らく、電力を大量に消費する重厚長大型の産業の発展こそが豊かさをもたらすという、新興工業国的な発想が支配的だった。実際にそれで高度経済成長を達成することもできた。しかし、経済が成熟期に入り、脱工業化が求められる時代になっても、高度成長の成功体験があまりにも強かったためか、特に官界、財界はその発想から抜けることができないでいる。そのため、次の時代のエネルギーのあり方を議論する基本問題委員会においても、原子力産業の利益代表や重厚長大産業の利益代表らが議論を支配してしまっている状態なのだ。
産業型の大規模な電力供給システムを構築したことで、産業は安定的な電力を享受できたかもしれないが、一般の市民は、電気というものは、料金さえ払えば無尽蔵に出てくるものとの錯覚を持つようになってしまった。植田氏はそもそも有限な資源であるエネルギーは、宇沢弘文氏が言うところの「社会的共通資本」であることを前提に考えるべきだと言う。有限な資源を公平・公正、かつ安定的に配分するためには、入会地や漁場のように市民が自治的に参加する「コモン・プール」として管理される必要があると植田氏は言うのだ。公共性が高いという理由で電力を国策に委ねると、官僚統制や情報独占が生まれ、その結果、利権が生まれて非効率になるし、市民の側にも電力を自分の問題として受け止めることができないため、例えば節電のような発想が自主的には生まれてこなくなる。
また、次の時代の電力を考える上では、持続可能性、世代間の公平性、地域の再生の3つの条件を原則とすべきだと植田氏は言う。自ずと、再生可能エネルギーを中心とした小規模分散型ネットワークの構築が柱となるが、そこでもこれまでのように政府や企業に「お任せ」にするのではなく、地域の住民が参加する形で新しい仕組みを構築していくことが重要だと植田氏は強調する。
原発事故を契機に、日本社会では少しずつではあるが、市民がエネルギー問題を自分の問題として捉えるエネルギーデモクラシーの息吹が見られる。次世代のエネルギー政策の枠組みを議論している総合資源エネルギー調査会基本問題委員会委員長代理の植田氏を迎え、日本がエネルギーデモクラシーを達成するために今何をしなければならないかなどを、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。