スマートグリッドがもたらす「引き受けるエネルギー社会」
富士通総研経済研究所主任研究員
1969年兵庫県生まれ。93年東京大学法学部卒業。99年タフツ大学フレッチャー大学院修士課程修了。2007年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。ソニー勤務、内閣官房IT担当室主幹、東京大学先端科学技術研究センター特任助教などを経て09年6月より現職。経済産業省総合資源エネルギー調査会委員、大阪府市特別参与を兼務。著作に『イノベーションと政治学 情報通信革命<日本の遅れ>の政治過程』、『電力自由化』、共著に『国民のためのエネルギー原論』など。
政府は先週末、関西電力管区内の需給逼迫を理由に大飯原発の再稼働に踏み切り、地元自治体との交渉を始めた。関電が出してきた需給データによると、この夏最大で20%もの電力が不足する可能性があるという。しかし、何とかして原発を再稼働させたい関電が出してきたデータだけを元に、原発を再稼働させて本当にいいのだろうか。
実は、政府は電力会社が出してきた需給情報の信憑性を精査する術を持っていないため、電力会社の主張をそのまま受け入れるしかないのだという。ことほど左様に、地域独占体制の下、電力会社はやりたい放題やってきたし、独占がそれを可能にしてきた。しかし、そろそろ地域独占の本当のコストを再考すべき時に来ているのではないか。
東京電力が企業などの電気料金を4月から平均17%値上げする計画を発表すると、自治体などの大口の需要家の間で、PPS(特定規模電気事業者)と呼ばれる事業者から安価な電力を調達しようという動きが広がった。実は日本の電力市場は「部分自由化」されていることになっている。しかし、PPSの総電力需要に占める割合は僅か1.9%に過ぎない。実際はPPSの参入が可能になってからすでに10年以上が経っている。にもかかわらず、なぜPPSのシェアは一向に増えないのか。
世界各国の電力市場の動向に詳しい富士通総研経済研究所の高橋洋氏は、日本の電力市場の自由化は先進国の中でも最も遅れていると言う。現在の「部分自由化」も非常に限定的なもので、しかもPPSに対して様々な厳しい制約条件が課されているために、長らく地域独占を享受してきた圧倒的に強大な電力会社との間で競争が生じるような状態とはほど遠い。例えば、電力会社はPPSに対してインバランス料金というものを課すことが認められているため、PPSは電力の需要と供給のギャップを30分単位で均衡させなければならないが、これは規模の小さいPPSにとってはとても大きな負担となっている。
電力自由化に反対する論者は、自由化をすれば安定供給が脅かされ停電が頻繁に起きると主張する。しかし、高橋氏はそうした主張にはまったく根拠がないと言い切る。海外の事例では、かえって自由化によって電力システムの安定度が高まる場合もあることを示しているからだ。
現在の日本における電力自由化の最大の欠陥は、発電部門と小売部門が部分的にでも自由化されているのにもかかわらず、送配電部門が開放されず、依然として地域独占の電力会社が保有し続けていることだと高橋氏は言う。電力をユーザーに供給する上で必ず必要になる送配電網が、電力会社によって独占されている限り、新規参入企業は発電部門に参入しても、小売り部門に参入しても、送配電の段階で電力会社によって有形無形の妨害を受けることになる。
送配電部門を他の分野と分離して、中立的な事業者による運営に切り替えない限り、日本の電力市場に本当の意味での競争は生まれない。よって、世界で最も高いと言われる電気代も下がらないし、電力会社のサービスも向上しない。そして、何よりも、3.11の事故以来再三再四指摘されてきた、情報の隠蔽体質や政治力を駆使した政府への影響力の行使、とりわけ原発の再稼働や推進が止むことはないだろう。
電力事情をより透明で健全なものに変えていくためにも、そしてユーザーに本当の意味での選択肢を提供するためにも、今こそ電力の自由化、とりわけ発送電の分離を進めるべきではないか。
政府の有識者会議で発送電分離を強く訴え続けている高橋氏をゲストに迎え、日本の電力システムの問題点とその改革の方途について、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。