日本が原発依存から脱却すべきこれだけの理由
原子力資料情報室事務局長
1947 年東京都生まれ。69年早稲田大学理工学部応用物理学科卒業。工業製品メーカー勤務を経て77年よりドイツのケルン市に在住。ドイツ語の通訳・翻訳業を経て91年より現職。
ドイツのメルケル首相は5月30日、2022年末までに国内の原発を廃止する方針を表明した。福島第一原発事故を受けての政策転換だった。
自身が物理学者でもあるメルケル首相は、もともと原発に積極的だった。ところが、ドイツでは2002年にシュレーダー政権が2034年までの脱原発を決めていた。そこで、メルケル首相は脱原発を容認しながらも、その期限を平均12年延長する措置を2010年にとったばかりだった。そのメルケル首相が福島後の2ヵ月あまりの短期間に脱原発に舵を切った背景には、原発の倫理性を議論する識者会議の提言があった。
福島第一原発の事故を受けて、国内に17基の原子炉を抱えるドイツの首相としてメルケル首相は、既存の原子炉安全委員会(RSK)に技術的側面から原発の安全性の再検討を求める一方で、社会学者や哲学者、経済学者、聖職者らからなる「安全なエネルギー供給に関する倫理委員会」を新設し、そこにも原発政策の是非についての助言を求めた。「リスク社会論」で有名な社会学者のウルリヒ・ベックなど17人の委員からなる倫理委員会には、原発関連産業の関係者は一人も含まれていなかった。
日本の原子力委員会や安全保安院にあたるRSKは、ストレステストの結果、ドイツの原発の安全性に問題はなしとする結論を出したが、倫理委員会は「倫理的な理由から早期に脱原発すべき」と提言し、メルケル首相は倫理委員会の提言を採用した。
倫理委員会の提言の要諦は、メルケル首相が今年6月に連邦議会で行った演説の中で用いた「残余のリスク(ドイツ語:Restrisiko)」という言葉にある。「残余のリスク」とは、技術的に考えうるあらゆる対策を講じても、完全に無くすことのできないリスクを意味し、そのリスクは社会全体でも負い切れないものと倫理委員会もメルケル首相も判断した。この「残余のリスク」が原発に対するドイツ流の倫理観であり、日本と大きく異なるところであると、ドイツ在住の環境コンサルタント望月浩二氏は指摘する。
一方、事故の当事者である日本では、福島第一原発事故がこれだけ深刻な被害をもたらし、今も原子炉が不安定な状態が続いているにもかかわらず、政策転換の動きは遅々として進んでいない。世論調査では圧倒的多数の国民が脱原発を望んでいることが明らかになっているが、政府内で進んでいるエネルギー政策の検討プロセスでは、脱原発に対する抵抗が根強い。
なぜ日本ではドイツのような政策転換ができないのか。日本でドイツの政策転換で決定的な役割を果たした倫理委員会のような組織を作ることができないのはなぜなのか。日本では合理的な政策判断ができているのか。世界が注目する中、事故の当事国が、原発維持の政策を打ち出すことになるのか。1977年からドイツに在住し、ドイツの国民性や風土を間近で観察してきた環境コンサルタントの望月氏と議論した。
(今週はジャーナリストの青木理、社会学者の宮台真司両氏の司会でお送りします。)