トランプ7300万票の意味を考える
慶応義塾大学SFC教授
1967年北海道生まれ。90年上智大学外国語学部卒業。92年ハーバード大学大学院東アジア地域研究科修士課程修了。97年同大学大学院人類学部博士課程修了。社会人類学博士。ケンブリッジ大学、英オックスフォード大学、ハーバード大学客員研究員などを経て、06年より現職。著書に『アメリカン・センター アメリカの国際文化戦略』、『アメリカン・デモクラシーの逆説』など。
アメリカ史上初のアフリカ系大統領の誕生で、長年分断されてきたアメリカは党派の枠を越えて一つになるはずだった。しかし、オバマ政権の発足以来、保守とリベラルの対立はむしろ深刻化しているようだ。アメリカに何が起きているのか。
就任演説で党派や人種対立の融和を呼びかけたオバマ大統領は、大型の景気刺激策や国民皆保険を目指した医療保険改革などを強行し、政府の介入を嫌う保守派から猛反発を受け、与党民主党は昨年の中間選挙で深手を負った。結果的に政権発足後オバマ政権が実施した主要な施策の多くが、「大きな政府」を目指すものだったために、オバマが乗り越えようとしていた保守とリベラルの分裂は、いっそう激しくなった。今月8日にアリゾナ州で起きた下院議員を標的とする銃の乱射事件も、党派対立が色濃く投影されていると見られている。犠牲者を追悼する式典の演説で、オバマ大統領はあらためて融和を訴えたが、ワシントンに戻れば、下院では共和党が過半数を制する議会との厳しい交渉が待っている。
アメリカ研究を専門とする慶應義塾大学の渡辺靖教授は、まだ詳細は明らかになっていないが、アリゾナの銃乱射事件は、アメリカの保守のあり方の根底に関わる事件だったと分析する。アリゾナ州は保守色が強く、中間選挙ではティーパーティ運動が躍進した州だ。また、違法移民を厳しく取り締まる法律を通した州でもあり、銃についても、政府の規制に最も激しく反対している。渡辺氏は、その思想の根底には連邦政府への警戒心があると言う。アメリカの保守思想の根底には、本来のアメリカを連邦政府から取り戻さなければならないとの思いが根強い。
渡辺氏は、建国以来、アメリカの底流には保守思想が流れていると指摘する。ただし、この場合の「保守」はヨーロッパにおける保守とは異なり、人間が自由であることを前提とした上で、それを脅やかす存在として政府を警戒するのが、アメリカの保守思想だ。渡辺氏は、アメリカでは人間が自由であることを大前提とした上で、政府をその自由のために役に立つ存在と見るか、脅威と見るかが、リベラルと保守の境目になると見る。一見、理にかなった政策を実施しているかに見えるオバマ政権に保守派が激しく反発するのは、自分たちの生活に政府が介入すること、つまり自由を脅かす政府への反発だと言うわけだ。
アメリカでは1929年の世界大恐慌を立て直すべく1932年に政権についた民主党のルーズベルト大統領以降、1980年にレーガン大統領が誕生するまでの約半世紀、リベラル派がワシントンで主導権を握ってきた。大恐慌からの復興や第二次世界大戦からの再建のためには、大きな政府による積極的な財政出動が不可欠だったからだ。しかし、渡辺氏はこのリベラル派の半世紀は、アメリカ史においてはむしろ特殊な時代であり、レーガン政権誕生以来続いている保守政治こそが、本来の政治思想と考えるべきだろうと言う。
しかし、その保守政治もブッシュ政権下で起きたイラク戦争の泥沼化やテロとの戦いにおける人権を無視した数々の施策、そしてリーマンショックに見られる金融モラルの崩壊などで限界が見え始めた。そしてオバマ政権が誕生し、議会でも上下両院で民主党が過半数を占有するに至った。こうしてアメリカが再びリベラル政治にシフトするかと注目されたが、どうやらそれは早合点だったようだ。
今後、オバマ大統領はクリントン政権のように議会共和党と妥協を見いだし、中道路線をいくのか、それとも、保守と対決するのか。今後はその駆け引きが見どころとなると渡辺氏は言う。
アメリカにおける党派対立の歴史的経緯や、アメリカとヨーロッパや日本社会との違いを考察しつつ、屈指のアメリカウォッチャーの渡辺氏と、今アメリカで何が起きているかを、神保哲生・宮台真司が議論した。