「年収の壁」と「働き控え」を克服するためのベストな方法とは
大和総研主任研究員
1950年広島県生まれ、73年京都大学法学部卒業。同年大蔵省入省。主税局税制第2課長、主税局総務課長、東京税関長、財務総合政策研究所長などを経て06年退官。07年より現職。東京財団上席研究員を兼任。法学博士(租税法)。著書に『給付つき税額控除』、『日本の税 何が問題か』など。
政権交代の真価を問う税制改革議論が、大詰めを迎えている。政府は来週にも、平成23年度税制改正大綱を閣議決定する予定だ。税制は政府が提供する防衛や警察、教育や社会福祉など公共サービスの財源をいかに賄うかを規定すると同時に、社会の再分配機能を司る。その制度を大きく変更するということは、その国や社会のあり方を根本から変えることを意味すると言っても過言ではないだろう。民主党政権は13年ぶりとなる税制の抜本改革を通じて、日本をどう変えようとしているのか。
財務省OBで税制のエキスパートの森信茂樹・中央大学法科大学院教授によると、1997年の税制改革以来、経済のグローバル化が進み、格差・貧困・社会的排除が社会問題になる中で、税制も改革を迫られていた。そこに昨年政権交代があり、民主党は自らが考える税制改革を今まさに実行に移そうという段階にある。
森信氏は税制を評価する上で、2つのポイントを挙げる。1点目は、経済や社会の変化に適合した「望ましい税制とは何か」。これは法人税や所得税を中心とする議論で、政府が誰から税を取り、誰に配るのかという、政府の統治の基本的な考え方が凝縮される。そして2点目は、政府の大きさをどう規定するか。特に社会保障で受益と負担のバランスをいかに取り、セーフティネットをどこまで張り巡らせるのか、そして、そのうちどれだけを税で賄うのかという規模の視点だ。これは、最終的には消費税率をどうするかの議論となる。
自民党政権下では、97年に消費税率を3%から5%に引き上げて以来、世論の反発を恐れて、消費税に手を付けられなかった。そのため、もう一方の「望ましい税制」の議論も先送りされてきた。その間、世界各国が税制改革を進める中、日本では大きく変化した経済や社会に合わない税制が放置されてしまったと、森信氏は言う。
民主党は昨年の税制改正大綱で「公平」、「透明」、「納得」の3つの理念を掲げ、具体的には「控除から給付へ」「税・社会保障共通番号制の導入」「租税特別措置の廃止」などを提唱している。こうした一連の措置は、抜け穴が多い上に高所得者に有利な控除を廃止して、現金給付や手当に移行することで、控除の恩恵を受けにくい低所得層に配慮するとともに、抜け穴をふさぐことで課税ベースを広げることを主たる目的としている。総じて、よりフェア(公正)な形で課税ベースを広げることで、法人税などの税率を引き下げても、税収中立を維持できる税制を志向しているのが特徴だ。
しかし、今の日本にとって最大の課題が、森信氏が挙げた2つのポイントの後者に当たる、消費税の増税にあることは論を俟たない。97年に消費税率を3%から5%に引き上げた時は、所得税を先行減税したため、税収中立、つまり、実質的には増税にはならないよう配慮されていた。しかし、政府が一般歳出の半分も税収で賄えていないという現実を前に、今回の税制改正では、戦後初めて消費税による「増税」に踏み込まなければならない。その点が、過去の税制改革とは本質的に異なる点になると森信氏は指摘する。
民主党政権は仕分けなどを通じて、無駄省きの努力は継続しているが、それでも消費税増税には依然として有権者の強い抵抗が予想される。民主党が理念の一つに掲げる「納得」を得るためには、まず、政府がどのような社会保障制度(サービス)を行うのかを提示し、その値段(消費税率)を提示するといった、納得のいく説明が必要になる。参院選で菅首相がいきなり10%と言い出した時は、メニューも渡されていないのに値段を提示されたようなものだったので、国民が反発して当然だったと、森信氏は言う。
果たして民主党は、長年自民党が手を付けられなかった税制の抜け穴を埋め、課税ベースを広げることで、よりフェアな税制を確立することができるのか。そして、消費税増税で国民の納得を得ることができるのか。森信氏とともに、いま日本にどのような税制改革が必要なのかを、神保哲生と萱野稔人津田塾大学准教授が議論した。