電力供給の8割を再エネで賄うことは可能だ
自然エネルギー財団シニアマネージャー
1952年東京都生まれ。71年九州芸術工科大学芸術工学部環境設計学科中退。82年より屋久島に定住し作家・翻訳家活動を行う。05年末より現職。著書に『日本はなぜ世界で一番クジラを殺すのか』、『魂の民主主義』。訳書に『一万年の旅路』など。
「この裁判では日本の民主主義の質が問われている」。国際環境保護団体グリーンピースのクミ・ナイドゥ事務局長は、グリーンピース日本支部の職員が、調査捕鯨船乗組員による鯨肉の横領を告発する目的で、倉庫から鯨肉を持ち去った「鯨肉窃盗事件」の判決を前にこう語り、裁判の不当性を訴えた。しかし、6日、青森地裁は単純な窃盗事件として執行猶予付きの有罪判決を言い渡した。
ナイドゥ事務局長が声を大にして訴える点は、そもそもこの裁判は捕鯨という国策を争点とする裁判であるがために、裁判自体が不公正なのではないかという疑問だ。
「なぜ総額で5万円ほどの鯨肉の窃盗事件に、75人の捜査員が早朝乗り込んできて、事務所や職員の自宅を家宅捜査する必要があるのか」と繰り返しナイドゥ氏は首を捻る。実際に強制捜査に入った75人の捜査員の半分以上は、警視庁公安部の警察官だった。
日本が政府の方針として続けている調査捕鯨が、国際的にもまた国内でも、大きく意見の分かれる問題であることは論を俟たない。また、グリーンピースという環境団体が、日本の捕鯨に反対する運動を展開してきたことも周知の事実だ。しかし、仮にそうだとしても、だからといってこの裁判がいい加減なものであったり、不公正なものであっていいはずはない。いやむしろ、そのような意見の分かれる問題だからこそ、司法はより慎重に公正を期す必要があった。
グリーンピースの職員が運送会社の倉庫に侵入し、捕鯨船から送られる途中の鯨肉を無断で持ち出したことが、窃盗とされたが、その目的が鯨肉の横流しの告発にあったことは明らかだ。鯨肉を持ち出した直後にグリーンピースは記者会見を開き、その事実を公表しているし、その後、東京地検に鯨肉の横領を告発し、持ち出した鯨肉も証拠品として提出している。
裁判では自ずと、別の犯罪を告発する目的で、犯罪行為の証拠を押さえるために倉庫から物品を持ち出すことが、果たして「単純な窃盗」という犯罪行為として罪に問われるべきなのかが、争われた。
グリーンピース・ジャパン事務局長の星川淳氏は、この裁判では調査捕鯨という税金を投入して行われている、いわば公共事業で得られた鯨肉が、私的に流用されるという「鯨肉横流し疑惑」と、その告発のために倉庫に入り横流しが疑われる鯨肉を入手した「窃盗疑惑」の2つの行為を天秤にかけた場合、どちらを裁くことがより公共の利益に資するのかが、問われるべきだと主張する。実際、被告たちも公判でそのような主張を展開したが、裁判所はその2つを全く別の独立した事件として扱い、前者は「ろくに捜査もせずに」(星川氏)不起訴、後者は被疑者を26日間も勾留した上に大量の捜査員を動員して強制捜査まで行い、起訴・有罪の判断を下した。
星川氏は問う。社会に不正や犯罪行為の存在が疑われる時、市民がその証拠を押さえる所まで行うことは逸脱した行為なのか。そうしたことは全て警察にまかせるべきなのか。「ではグリーンピースが通報すれば警察や検察は動いたのか」。
星川氏は青森地検の取り調べの中で、検察官から「捜査機関さえ令状がなければできないことをNGOの分際でやったのは絶対に許せない」と言われたことを明らかにし、公僕であるべき警察や検察が、自分たちが、国民の上にいると勘違いしているのではないかと感じたという。政府も司法機関も、国が税金を使って行っている調査捕鯨に対して最大限厳しくあるべきであるのに、まったく逆のことが起きていると憤る。つまり、調査捕鯨という公共事業の中で行われている不正には非常に甘く、その不正を告発しようとした市民の行為には断固たる対応を取っているというのだ。
また、判決では、グリーンピースが、検察に提出する前に証拠品である鯨肉を記者会見で公表した行為が、窃盗にあたると判断されている。同じ行為を行った場合でも、もっぱら検察に訴える目的であれば許され、それをメディアや社会に訴えると「不法領得」となり違法となるという裁判所の判断に、星川氏は疑問を呈する。警察や検察にとってはその方が好都合かもしれないが、善悪の判断の全てを警察や検察、そして司法に委ねる社会が、健全な社会と言えるのか。
このように裁判の論点は多岐にわたるが、とは言え、この事件の背後に激しく意見が分かれる捕鯨をめぐる立場の対立があり、グリーンピースが反捕鯨団体であるという事実が、さまざまな形で裁判にも世論にも影響をしていることは無視できない。
しかし、意外にも星川氏はグリーンピース・ジャパンは、捕鯨や鯨肉を食べることが文化であり、それが尊重されるべきものであることは認めていると言う。国際捕鯨委員会(IWC)でも、デンマークなどの先住民族に対して沿岸捕鯨を認めている。グリーンピースの主張は、実質的な商業捕鯨の疑いがかけられている、意図も目的も不明確な南極海での調査捕鯨はやめるべきというもので、もし日本が南極海の調査捕鯨を中止するのであれば、現在も日本が行っている沿岸捕鯨は尊重できると、星川氏は説明する。
検察や裁判所の判断に疑問が投げかけられる事件が相次ぐ中、良くも悪しくもこの事件は、いろいろな意味で、今日の日本の司法の現状を映し出す鏡となった。と同時に、より大きな意味で日本の社会や民主主義がどうあるべきかを考えるためのヒントが、たくさん詰まっているのではないか。
そもそもこの事件は単純な窃盗事件として裁かれるべきだったのか。捕鯨をめぐる対立を背景とするこの事件は、検察や裁判所によって公正な取り扱いを受けていたのか。あえて火中の栗を拾う形で5年前にグリーンピース・ジャパンの事務局長に就任し、今年11月に退任して屋久島に戻る星川氏と、グリーンピースという国際環境団体の日本支部のトップの立場から見た鯨肉窃盗事件裁判の顛末、日本の調査捕鯨問題、そして日本の民主主義の現状を議論した。
※事実関係に誤りがあったため、一部訂正いたしました。
正)デンマークなどの先住民族に対して沿岸捕鯨を認めている
誤)デンマークやアイスランドなどの先住民族に対して沿岸捕鯨を認めている