ウィニー事件で見えてきたネット社会における抵抗勢力
経済学者
1953年京都府生まれ。78年東京大学経済学部卒業。同年NHK入社。報道局などを経て93年退社。05年慶應大学大学院で博士号取得(政策・メディア)。国際大学GLOCOM教授、上武大学大学院教授などを歴任。10年3月にアゴラブックスを設立し代表取締役に就任。著書に『新・電波利権』(電子書籍のみ)、『電波利権』、『使える経済書100冊』など。
この7月24日で、アナログテレビ放送の終了までちょうど1年となった。2011年のこの日に、アナログテレビ放送は約60年の歴史に幕を閉じる。
現在、アナログ放送を受信している7000万台ほどのテレビ受像器には、画面隅に「アナログ」の文字が表示され、来年7月でこの放送が見れなくなるとの警告文が頻繁に流れる。片やテレビ各局では来年7月の停波(ブラックアウト)に向けて、デジタル移行キャンペーンのCM放送にいよいよ拍車がかかる。そして、その画面は2011年7月24日をもって消えるのだ。
どうも放送業界と行政が足並みを揃えて、2011年アナログ停波に向けて遮二無二に突き進んでいるようだ。それにしても現時点でまだおよそ7000万台あり、来年7月の停波時点でも恐らく5000万台ものアナログテレビが無用の長物となるような乱暴な措置を、なぜ政府や放送局は強行しようとするのだろうか。
「電波利権」「新・電波利権」などの著書があり、放送や通信の問題に詳しい経済学者の池田信夫氏は、政府には来年7月24日までにどうしてもアナログ放送を終了させなければならない、やむにやまれぬ理由があると、その裏事情を説明する。それは地上波デジタル放送のために電波法が改正されたのが2001年の7月24日で、同法に法改正から10年後にアナログ放送は終了することが定められているためだ。だがその文言が法律に盛り込まれた経緯は、放送局と行政と族議員と、そしてなぜか通信事業者までを巻き込んだ、まさに「電波利権」の名にふさわしい国民不在の利権争いだったと池田氏は言う。
くわしくは番組で見せるが、あらましはこうだ。より高画質で効率の高い放送のデジタル化は時代の要請だとしても、日本のような国土が狭い国では、それを衛星デジタル方式で行う方が遙かにコストも安く、難視聴地域対策にも有効なため、合理的な選択のはずだった。しかし、衛星デジタル方式では地方放送局の存続が困難になる。地方局の大半はキー局の番組を再送信しその分の電波料をキー局から受け取ることで経営が成り立っているからだ。また、地方局は免許取得の際に政治家の口利きが不可欠なことから、ほぼ例外なくバックに有力な政治家がついていて、それを潰すような選択は、特に当時の自民党政権下では不可能だった。
そこでわざわざ、効率も悪く何十倍ものコストがかかる地上波デジタル方式を2001年から導入したのだ。するとそのコスト負担をめぐり、キー局、旧郵政省、旧大蔵省、そしてその跡地利用をめぐるNTTなどの通信事業者を巻き込んだ、組んず解れつの大談合が繰り広げられることになった。
結論としては、地デジ開始から10年後には、地上波放送局が現在のアナログ放送で使用している周波数帯を明け渡し、それをNTTなどの通信事業者が利用することを認めることで、地デジの中継局設置コストの1800億円を通信事業者に負担させるというバーターが成立した。既に1800億の支払いも実行されているため、地上波放送局は2011年7月24日には必ず今の周波数を明け渡さなければならない。それが遅れると、既に受け取ってしまった1800億円の返還など、これまでのいい加減な談合話が全て火を噴いてしまう恐れがあるのだという。
つまり、2011年7月24日にどうしてもアナログ放送を終わらさなければならない理由は、既に地上波放送局は立ち退き料を受け取ってしまっているからということなのだ。なぜそのような立ち退き料が発生するようなことになったのか。それは政府が地方局を存続させるためにあえてキー局にとっては損になる地デジ方式を選択したからであり、その背後には族議員と地方局のズブズブな関係があり、その背後には放送免許をめぐる口利きがあり・・・・。
これほどまでに日本では、電波が有効に使われていないばかりか、利権の温床となり、消費者利益を無視した中で、一握りの事業者と政治と役所との談合体質の中でその利用方法が決められていると、池田氏は言う。
だが、電波は利用の仕方次第で、膨大な価値を生み出す可能性を持っている。非効率なまま既得権益として割り当てられた周波数が、モバイル通信などに広く転用されていれば、そこから得られる消費者利益は計り知れない。
池田氏はそれを阻む談合や癒着体質を断ち切る手段として、全てがオープンになる電波のオークション制度導入を提唱している。しかし問題の核心は、電波が私物化されている実態を当事者のメディアが全くといっていいほど報じないため、国民のほとんどが、自分たちがどれだけの不利益を得ているかを知らされていないことなのである。今のような状態では、議論を始めることすら困難だ。
アナログ放送停波を1年後に控えた今日、池田氏と現在の電波のあり方と、それがもたらす放送と通信の未来への影響を考えた。