「もしトラ」から「ほぼトラ」に移りつつあるアメリカで今何が起きているのか
同志社大学グローバル・スタディーズ研究科准教授
11963年福島県生まれ。88年東北大学歯学部卒業。95年米国ニュースクール・フォー・ソーシャルリサーチ政治学修士課程修了。CSIS(戦略国際問題研究所)上級研究員、三井物産戦略研究所主任研究員を経て、08年より現職。CSIS非常勤研究員を兼任。著書に『「今のアメリカ」がわかる本』など。
1月20日、ブッシュ政権の8年の任期が終了し、オバマ新大統領が就任する。やり残したもの、手つかずだったもの、食い散らかしたものをすべて引っくるめ、ブッシュ政権の遺産が、そのままオバマ大統領の課題となる。そこで今週のマル激では、ブッシュ政権の8年間とは何だったのか、その変遷と歴史的な意味を、ワシントンのCSIS(戦略国際問題研究所)でブッシュ政権をつぶさにウォッチしてきた渡部恒雄氏とともに考えた。本企画をブッシュ政権への送辞としたい。
ブッシュ政権はなんとも不幸な出自を背負ってスタートした。現職の副大統領だったゴアと争った2000年11月の大統領選挙はまれに見る大接戦となり、AP通信などが一度はゴア当確を打ちながら、最終的には大票田のフロリダ州にその結果が委ねられることになった。そして、フロリダで票の再集計が繰り返された末、ブッシュ候補の弟が知事を務めるフロリダ州の選挙管理委員会は、ブッシュの勝利を宣言する。しかし、無効票の扱いなどをめぐり、大統領選挙は未曽有の訴訟沙汰となる。最終的には連邦最高裁がフロリダ州の決定を有効と判断し、ゴアが自ら身を引いたため、投票日から一月以上も遅れて、ようやくブッシュの当選が確定した。しかしそれは、アメリカ史上で3人目となる、一般投票の得票数で相手候補を下回った、しかも、弟が知事を務める州の党派性に多分に救われた、正統性で大きなハンデを負った大統領としての船出だった。
再集計だの裁判だので準備不足の政権が発足してから約8ヶ月後の2001年9月11日、ブッシュ政権にとって、そしてアメリカにとっても、その運命を変えるような大事件が起きる。9.11同時多発テロだ。
これでフロリダ再集計問題などは一気に吹っ飛び、そこからブッシュ政権は、誰もが予想だにしなかった未知の世界に足を踏み入れていくことになる。9.11が、ブッシュ政権の性格をがらりと変えてしまったと言っても過言ではないだろう。そして、それはまた、政権内部の政治力学も、パウエルらの良識派から、ラムズフェルド、チェイニーといったネオコン陣営へのシフトを加速させていくことにつながっていく。
アフガン侵攻とそれに続くテロリスト掃討作戦、国論を二分したイラク攻撃とイラク占領の泥沼化、イラク戦争の最大の根拠だった大量破壊兵器疑惑の撤回と、時として人権をも無視した徹底的なテロ対策等々、ブッシュ政権は、テロとの戦いに終始する中で、その一期目を終える。
2004年11月、ブッシュは僅差で再選を果たすが、イラク情勢は泥沼化。大量破壊兵器も見つからず、正当性を失った戦争の後始末に大勢の若い兵士たちが日々犠牲になるアメリカを、未曽有の激甚台風カトリーナが襲う。死者1500人超、50万都市のニューオーリンズをゴーストタウンにしたカトリーナは、内政よりも戦争を優先させ続けたブッシュ政権一期目の矛盾と欺瞞を一気に噴出させた。そこからブッシュ政権は、坂道を転がり落ちるように失速し始める。2006年の中間選挙で共和党は議会両院の過半数を一気に失い、ブッシュ政権はいよいよレームダック化していく。
そして2007年、ブッシュ政権で唯一うまく回っていたはずの経済までが、サブプライム・ショックで失速を始める。当初共和党の伝統的な市場万能主義的な立場から介入を躊躇していたブッシュ政権に、ベア・スターンズ、リーマン・ブラザーズなどの金融機関の破綻が追い打ちをかける。大恐慌以来とも言われる金融危機に直面したブッシュ政権は、これまでの主義主張をかなぐり捨て75兆円の公的資金投入による金融機関の救済に舵を切るが、危機はまったく収まる気配を見せない。そうした中、「チェンジ」を掲げる民主党のオバマが、共和党でブッシュ路線の継承を謳うマケイン候補を破って次期大統領に当選する。
ブッシュの8年間とは何だったのか。この8年間はアメリカ史の中で、どのような意味を持つのか。なぜブッシュ政権はこのような運命を辿ることになったのか。それは避けられないものだったのか。そして、それを踏まえた時、オバマに残された課題とは何なのか。
希代のアメリカ政治ウォッチャーの渡部氏と、じっくりと議論した。