[5金スペシャル]自分探しを始めたアメリカはどこに向かうのか
映画評論家
完全版視聴期間 |
2020年01月01日00時00分 (期限はありません) |
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1962年東京都生まれ。86年早稲田大学法学部卒業。同年宝島社入社。『宝島』、『別冊宝島』、『宝島30』を経て、95年洋泉社に出向、『映画秘宝』の創刊に携わる。96年同社を退社。97年より現職。米国・カリフォルニア州オークランド在住。著書に『映画の見方がわかる本』、『USAカニバケツ』、『新版底抜け合衆国〜アメリカが最もバカだった4年間』、『トラウマ映画館』など。
恒例となった、5週目の金曜日に特別企画を無料放送でお届けする「5金」。今回は、帰国中の在米映画評論家・町山智浩氏をスタジオに迎え、いつもは電話出演の町山節を「動く町山さん付き」でお届けする。
テーマは映画と大統領選挙。イラク戦争と米大統領選に関する3本の映画をもとに、アメリカの言論と政治が今どうなっているかについて、『戦争報道』(ちくま新書)の著作がある武田徹氏(マル激トーク・オン・ディマンド・キャスター)を交えて、語り合った。
今回取り上げた映画は、『告発のとき』『リダクテッド 真実の価値』『マイケル・ムーアinアホでマヌケな大統領選』の3本。前半の2本はいずれも、実話に基づくドキュメンタリータッチの映画で、イラク帰還兵による殺人事件と駐留米兵によるイラク人少女レイプ事件を題材にしている。町山氏は、これらの事件は、最近までほとんどアメリカで報道されることはなかったという。それがポール・ハギス、ブライアン・デ・パルマといったメジャーな監督に映画の題材としてとりあげられたこと自体が、一時はタブー視されていたイラク戦争への批判が、ようやく一般市民のレベルまで広がってきたことを示すものだと、町山氏は指摘する。
しかし同時に、心に傷を負いながら行き場を無くしたイラク帰還兵による犯罪や、イラク人少女に対する暴行といった、この映画が描くイラク戦争の陰は、ベトナム戦争を彷彿とさせる。事実、デ・パルマ監督は89年にベトナム戦争で米兵が起こしたレイプ殺害事件を題材に映画『カジュアリティーズ』を監督しており、アメリカがベトナムの教訓を必ずしも生かせていないことが如実に表れていると町山氏は語る。
3つ目に取り上げた『マイケル・ムーア in アホでマヌケな大統領選』は、モルモン教徒が大半を占めるユタ州の州立大学で、04年の大統領選の直前に学生委員会がマイケル・ムーアを講演のために招聘しようとしたところ、学生、大学当局、地域住民を巻き込んだ賛否両論の大激論に発展した様子を、ナレーション抜きで粛々と記録したドキュメンタリー映画だ。実はマイケル・ムーアの監督作品ではなく、彼自身は5分程度しか登場しないのだが、この作品について町山氏は、イラク戦争での大失敗がありながら、04年にブッシュが再選したのはなぜなのかを示す数少ない記録映画だと説明する。
アメリカでは9.11の同時多発テロの後、2001年USAパトリオット法(Uniting and Strengthening America by Providing Appropriate Tools Required to Intercept and Obstruct Terrorism Act of 2001=通称愛国法)などを通じて厳しい言論統制が実施され、イラク戦争を批判すること自体が非愛国的であるとの風潮が、数年前まで一世を風靡していた。この映画では、そうした中、保守人口が大半を占めるユタ州で、イラク戦争を声高に批判するムーアの講演会を開くことが、いかに困難なことだったかがビビッドに描かれる一方で、そうした風潮の中にあっても、言論を封殺すべきではないと主張して立ち上がる学生や大学教員、市民が一定数存在するアメリカの健全さも描かれている。その結果、ムーアを呼ぶことの是非をめぐり論争が起き、結果的に人々がその問題を考えるきっかけが作られていく様子も、よく見て取れる作品だ。イラク戦争を支持しておきながら、その是非をめぐる論争さえ起きない日本と比較しても、興味深い。
今回は町山、武田両氏と共に、これら3作品を通じて見えてくるアメリカの今と日本との対比を幅広く議論した。