トラウマを乗り越えることの難しさを社会は理解できていない
児童精神科医
1959年高知県生まれ。83年東京大学文学部卒業。88年東京大学大学院博士課程修了。国際日本文化研究センター助手、大阪府立大学総合科学部助教授などを経て、05年より現職。著書に『無痛文明論』、『感じない男』、『草食系男子の恋愛学』など。
結婚しない日本人男性が増えている。07年の人口動態統計によると、日本人の婚姻率は長期低落傾向にあり、現在の30代後半男性の4人に1人が、20代後半の男性にいたっては3人に1人が、一生独身となることが予測されている。
なぜ、男たちは結婚しなくなったのか。通説では、不況や非正規雇用など男性の経済力の低下がその原因として取り上げられているが、もう一つその背景には、男性の恋愛や結婚に対する考え方の変化があるのではないかと、性や現代社会について独創的な考察を行っている大阪府立大学の森岡正博教授は語る。
近著「草食系男子の恋愛学」の中で森岡氏は、肉食動物のように女性を求めて積極的に動くのではなく、女性とゆっくりと関係を深めていきたい男性を「草食系」と呼び、そうした男性が日本人の間で増えていると指摘している。この本には、好きな女性に好かれ関係を深めていくためのノウハウが具体的に書かれているが、その理由を森岡氏は、若者たちにとって恋愛や結婚のイメージが抽象化してきており、どうしたら実際に恋愛を成就できるのかがわからない男性が増えているからだと語る。本来恋愛は、挫折を味わう中で経験的に学ぶべきものだが、現状ではその環境が失われているために、このような本が必要になっていると森岡氏は言うのだ。
一方で、現代の男性の多くが、恋愛ができなければ一人前ではないという言説に振り回され、彼女ができない、いわゆる「非モテ」問題で、自己嫌悪や劣等感に悩まされている男性も多いと森岡氏は言う。今年6月の秋葉原連続通り魔事件の加藤智大容疑者も、「顔がすべて」「不細工だから彼女ができない」などとネット掲示板に書き込んでいた。森岡氏は、加藤容疑者は、見た目や顔の良さが恋愛の全てではないことを学ぶ機会がなかったため、鬱積した不満があのような形で暴力化したという面もあったのではないかと分析する。
1986年の男女雇用機会均等法の施行以降、女性の就労形態の多様化とともに、女性の生き方や価値観も大きく変化した。そうした社会の変化や女性の意識の変化に合わせて、結婚のあり方も、従来の法律婚だけでなく、同棲や事実婚など多様なモデルが提示されて然るべきだった。ところが、上の世代によってそれが必ずしも実行されてこなかったために、現代の若者にとって結婚という選択肢が、非常に窮屈なものになっているという面があることは否めない。従来の男性主導のマッチョな恋愛・結婚モデルにリアリティを感じられない男性が確実に増えているのに、他の選択肢が見えないことに、婚姻率の低下の原因があるのではないかというのが、森岡氏の見立てだ。
今週は少々趣を変えて、恋愛と結婚をテーマに森岡氏と議論してみた。