トランプのカムバックはアメリカと世界をどう変えることになるか
上智大学総合グローバル学部教授
1958年チベット南部シェンカル県生まれ。80年デリー大学教養学部卒業。同年、チベット中央青年団副代表。82年チベット亡命政府内閣秘書。84年来日、2002年までダライ・ラマ法王日本代表部事務所事務局長。02年よりダライ・ラマ法王インド・デリー代表部事務所事務局長、06年より同副代表、07年より現職。
1970年神奈川県生まれ。94年東京大学法学部卒業。99年東京大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学。同年、日本学術振興会特別研究員。02年、法学博士号を東京大学より取得。03年より現職。専門はアジア政治外交史。著書に『清帝国とチベット問題』、『興亡の世界史17 大清帝国と中華の混迷』など。
3月10日にラサではじまったチベット人のデモや中国政府への抗議活動は、瞬く間にチベット自治区から、隣接する青海省や甘粛省、四川省へ拡大した。中国政府は、暴徒化したチベット人により商店や政府関連施設が破壊され、犠牲者が出たと発表し、騒乱の背景には、ダライ・ラマ14世の扇動があったとの主張を繰り返している。しかし、その一方で、亡命チベット政府や人権団体は、中国政府が武力でデモの鎮圧を図り、死者の数も百人を越えていると発表している。
しかし、騒乱発生直後から、チベットへの通信網は遮断され、外国メディアの立ち入りは禁止された上、自治区内にいた外国人たちは強制的に退去させられていたため、チベットで何が起きているかについて、正確な情報の入手は難しい状況が続いている。
それにしても国際的な批判をよそに、中国の一貫して頑なな対チベット強硬姿勢には、違和感を覚える人も多いはずだ。
そこで今週のマル激は、番組を前半と後半に分け、中国の強硬政策の背景を、チベット亡命政府の当局者と中国ーチベット関係に詳しい識者にそれぞれ聞いた。
まず前半は、ダライ・ラマ法王日本代表部事務所代表のラクパ・ツォコ氏を招き、チベットで起きていることの現実と、そうした状況に対するチベット人たちの思いを語ってもらった。
ダライ・ラマの立場は一貫して非暴力主義であり、一連の騒乱には、まったくダライ・ラマが関与していないと断言するラクパ氏は、そもそもこのデモの発端は、チベット市内の寺院で、中国政府に対する平和的な抗議を行っていた数人の僧侶たちへ警察官が暴力を振るったことだったと言う。それを目撃したチベット人たちが激昂し、デモに拡大していったと言うのだ。以前からこの程度の抗議活動はチベット人の居住地域では頻繁に発生しており、それがいつ爆発的に拡大してもおかしくはないほど、チベット人は中国政府により抑圧されてきたとラクパ氏はチベット人の不満を代弁する。
ラクパ氏はまた、1959年ダライ・ラマ14世がインドに亡命して以来、中国政府は、鉄道や道路のインフラを整え、チベット自治区を豊かにしたと自負しているが、経済的な恩恵を受けているのは移住してくる漢民族だけであり、チベット人との間には歴然とした格差が存在していると言う。それがまた、チベット人たちの不満につながっているのだ。
天然資源が豊富なチベットは中国にとって戦略的にも重要な土地であるため、中国は決してチベットの独立を許さないだろうと語るラクパ氏に、チベットの現状と見通し、そして日本政府に期待する役割などを聞いた。
後半は、アジア政治外交史が専門で中国とチベット事情に詳しい東京大学大学院准教授の平野聡氏から、現在のチベット問題の背景にある歴史的なチベットと中国の関係を清代にまで遡って解説してもらった。
平野氏は、チベットは中国にとって、列強侵略の中で唯一の残った神聖不可侵の領土であり、絶対手放すことはできないと語る。その背景には、列強の侵略を防ぐためには、近代化を進めるしかないという清朝以来の恐怖心があり、清朝は「単一民族」として言語を統一して富国強兵に成功した戦前の日本をモデルとしていたことが、現在のチベットの同化政策につながっていると説く。
しかし、平野氏はまた、同時に、これまでのような経済発展と同化政策を進める方法では、チベット人は決して中国の支配を受け入れることはないだろうとも語る。しかし、その一方で、中国としては、チベットだけに高度な自治を認めることは、ウイグルやモンゴルなど他の少数民族の離反を招きかねず、容認できるものではない。中国に強力な指導者が存在しない現状の政権では、劇的な政策転換は困難な状況にあるというのが平野氏の分析だ。
今回は、二人のゲストとともに、チベットでなにが起きているのかについて、時代を清代まで遡ることでその背景を探り、中国にとって、また日本にとってのチベット問題とは何かを考えた。