今度こそ過去の少子化対策の失敗を繰り返さないために
中央大学文学部教授
1957年東京都生まれ。81年東京大学文学部卒業。86年東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。86年、東京学芸大学助手、同講師を経て、91年同助教授。93年カリフォルニア州立大学バークレー校社会学部客員研究員、94年東京学芸大学助教授に復職。04年より現職。著書は『希望格差社会』、『少子社会日本』、共著に『「婚活」の時代』。
格差社会の現出は、日本をどう変えようとしているのか。
4年前、山田昌弘氏が「希望格差社会」を出版した当時は、日本社会に「格差」が存在するかどうかが論争になるほど、格差問題への危機感は低かった。今や格差は自明のものとなったが、山田氏は早急に社会システムを構築しなおさないと、今よりもはるかに危機的状況が30年後には現れると警告する。それは、格差の影響が、最も大きく現れているのが、少子化問題だからだ。
日本の出生率は、他の先進国同様に、1970年代からゆるやかに低下傾向にあった。80年代は、「少なく生んで大事に育てる」という子育てについての意識の変化や、「独身主義」、「DINKS」といったライフスタイルの多様化が理由にあげられたが、日本の少子化傾向は90年代以降も歯止めがかからない。危機感を抱いた政府が、エンゼルプランや少子化対策基本法などさまざまな対策をとってきてはいるが、2007年度の合計特殊出生率は、1.32と先進国でも最低のレベルになっている。
山田氏は、90年代後半以降の少子化を加速させたのは「格差問題」であり、中でも「若年男性の収入の不安定化」が最大の原因と指摘する。90年代から日本的な年功序列賃金モデルが崩壊し、非正規雇用者が増大した。終身雇用制度が一般的だった時代では、将来の賃金増が見込めるために、低収入の若者も、結婚して、安心して子どもを産み育てることができた。しかし、現在の若い男性は、親の世代同様に結婚願望は強いが、不安定な雇用と上昇が見込めない賃金による将来への不安から、結婚・出産をためらう意識が強くなっている。
こういった低収入の若者の存在は、親に寄生して生きることが許される「パラサイトシングル現象」のために、これまで表に出てこなかったと山田氏は語る。欧米では、若者は貧しくても自立せざるをえないが、日本の若者は生活水準を下げて自立するよりも、両親と同居して生活費を負担せずに生活水準を維持する傾向が強かった。そういった彼らが今や「結婚願望はあっても、結婚できない独身者層」として固定してしまっていると言うのだ。
一方、「男女共同参画社会」がうたわれながら、人々の意識が変化していない点も、「少子化」が加速する背景にあると山田氏は言う。近年、男性側は「共働き志向」が強くなり、家事や育児への参加意識も高まっている反面、女性の「専業主婦願望」も顕著に伸びており、女性が夫となる男性に「安定的な高収入」を求める傾向は強くなっている。こういった男女の意識のミスマッチも、「非婚化」や「晩婚化」に拍車をかけているというのだ。
このまま格差の拡大と少子化が進めば、日本の男性の3割は、独身のままで一生を終え、45%は子どもも持たないと推計されている。「子ども2人の夫婦」という家族モデルが、少数派になってしまうのだ。そして、急速な少子化と同時に進む高齢化によって増える社会保障負担が、更に格差を拡大させる可能性がある。
今回は、神保哲生に代わり、ジャーナリストの斉藤貴男氏が司会に加わり、「希望格差社会」や「パラサイトシングル」の名付け親として知られる東京学芸大学教授の山田昌弘氏をゲストに迎えて、格差社会がもたらす影響、特に少子化を加速させる面について、語り合った。