「年収の壁」と「働き控え」を克服するためのベストな方法とは
大和総研主任研究員
1946年埼玉県生まれ。69年早稲田大学第二文学部卒業。一般企業に就職の後、病院勤務のかたわら看護師資格を取得。89年服部メディカル研究所設立。99年社会福祉士、介護支援専門員の資格取得。00年NPO渋谷介護サポートセンターを立ち上げ、ケアマネジャーとして勤務。城西国際大学福祉総合学部福祉経営学科教授を経て、07年より立教大学コミュニティ福祉学部福祉学科教授。著書に『介護ビジネス実践ガイド』、『図解でわかる介護保険のしくみ』など。
『コムスン』の不正に端を発する親会社グッドウィル・グループの折口雅博会長兼CEOが、メディアから袋叩きにあっている。
確かにコムスンが行った不正の数々には弁解の余地はない。しかるべき処分を受けるべきだろう。しかし、どうも報道の焦点が、折口会長の田園調布の邸や自家用ジェットを所有し芸能人を侍らせる金満ぶりの方向にばかり向かい、今日の日本の介護業界が抱える構造的な問題が取り上げられないことには違和感を禁じ得ない。
実際、介護の現場では、深刻な問題が起きている。20年以上にわたり、福祉の現場に関わってきた服部万里子氏は、介護保険の導入後、相次ぐ給付の抑制で、介護の現場は疲弊し果てていると指摘する。
介護保険が導入された当時は、まだ介護の市場が未整備だったために、質の高い介護サービスを提供できる業者の数が非常に少なかった。介護保険からの財源があるのに、十分なサービスが提供できなくなることを恐れた厚生労働省は、介護業界への参入を促すために、業者を優遇した。コムスンもそうした状況のもとで華々しく介護市場に参入した業者の一つだった。ところが、参入業者の数が充実するにつれて、政府は給付を抑制し始め、業者の利益率も減っていった。だからといって不正行為を正当化できるわけもないが、数々の不正は行政の見通しの甘さと、その後の締め付けの結果であったとの指摘が根強いのはそのためだ。
服部氏は今回のコムスンの不正問題は、何があっても利益をあげなければならない営利企業が、福祉の担い手になることの危険性が露呈したものと指摘する。福祉はその性格上、金儲けを優先した営利企業には合わない性格を持っているからだ。
実は介護保険が儲からないことは、介護保険が国民から保険料を徴収する保険システムを採用したときに、明らかだった。事実上税金と同じような性格を持つ介護保険を40歳以上の全ての国民から徴収している以上、仮に企業努力によって利益が出たとしても、利益が出るのなら政府は保険料を下げるか給付を上げるかする必要が出てくるからだ。そのような、元々儲けることが難しい構造を持った介護産業に営利企業が入ってくれば、コストを下げるために無理な営業努力を行うなどのモラルハザードが発生しやすくなり、それが行き過ぎれば、不正の温床となるリスクがあることは、制度導入の当初から指摘されていた。
介護保険の施行時に華々しく介護産業に参入した営利企業の多くは、「介護を新たなビジネスチャンスと勘違いをしてしまったのではないか」と、服部氏は言う。
しかし、もしそうだとすると、赤字のコムスンに、これだけ多くの一流企業が引き受け先として名乗りを上げているのは、なぜなのだろうか。
服部氏はそこにもう一つのモラルハザードが存在すると指摘する。介護ビジネス自体は儲からなくても、複合的に事業を展開することで、介護は巨大なビジネスチャンスを生む可能性があると言うのだ。
介護サービスを利用する高齢者は、サービスの提供を受ける際に、詳細な個人情報を業者に提供することになる。業者は利用者の財産状況から趣味、食事の嗜好、場合によっては「トイレの回数」まで把握できるのだ。その情報を元に、旅行から、高級有料老人ホームの斡旋、資産運用、リバースモーゲージなど、高齢者の人生と財産をまとめて囲い込むことが可能になる。服部氏は、そこにも営利企業が福祉の担い手となることの危険性があることを強調する。
本来福祉は、営利企業が高齢者を「食い物」にしないようにするために、利用者と業者の間に、ケアマネジャーが介在し、それが利用者にとって最良の介護プランを作成することが前提だった。しかし、介護保険制度の立ち上げ段階でのケアマネジャー不足を懸念した厚生省は、コムスンのようなサービス提供業者がケアマネジャーを雇うことを認め、ケアマネジャーの存在意義を骨抜きにしてしまった。その後介護報酬の削減も漸次行われたため、現在、ケアマネジャーは業者から独立して営業していくことが難しくなってしまった。現在の介護システムは、本来利用者側に立つはずのケアマネージャーが、業者と癒着しなければ生きていけないような制度になっているのだ。
福祉の現場事情に精通する服部氏から、コムスン騒動で露わになった介護現場の実情とその対策を聞いた。