政治権力に屈し自身のジャニーズ問題とも向き合えないNHKに公共メディアを担う資格があるか
ジャーナリスト、元NHKチーフ・プロデューサー
1944年東京都生まれ。慶応大学法学部卒。毎日新聞社外信部長、編集局次長、社長室長、東京本社副代表、などを経て05年常務取締役(営業・総合メディア担当)に就任。06年同社を退任後、慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所非常勤講師などを務める。著書に『新聞社 破綻したビジネスモデル』など。
日本は、世界に比類無き新聞大国だ。朝日、読売、毎日、産経、日経の全国紙5紙を筆頭に毎日4700万部もの新聞が宅配され、人口一人当たりの普及率も世界で群を抜いている。免許事業のテレビ局のような監督官庁の干渉を受けることもない新聞は、まさに独立した言論の府として確たる地位を築いているかに見える。しかも、この5大紙は全国ネットの放送局を始め、日本中のテレビ局やラジオ局に資本参加し、その多くを実質的な支配下に置いている。今日若者の活字離れやインターネットの急進に牙城を脅かされているとはいえ、日本の新聞ほど強力な言論機関は世界でも他に類を見ない。
ところが、その新聞王国が、外からの脅威によってではなく、自らの足下から崩れ始めている。毎日新聞社で常務まで勤め、昨年まで経営面から新聞界を見つめてきた河内孝氏は、すでに「新聞ビジネスは破綻している」と言い切って憚らない。
高度成長期に、人口増と核家族化の波に乗り発行部数を急拡大した全国紙は、部数至上主義に走った結果、販売経費が売り上げの4割を超える超高コスト構造に陥っているというのだ。販売経費を節約しようにも、戸別配達制度を支える専売店を切り捨てることは簡単ではない。その異常な収益体質を支えるのは広告費だが、バブル期以降、広告効果によりシビアになった広告主は、新聞の選別を進めている。
広告費は減少し、若者の活字離れで1日の新聞の閲覧時間も既にラジオを下回り、インターネットの半分にも満たないところまで落ち込んでいる。河内氏は、朝日、読売、日経の3強以外の新聞社は、ビジネスとしてすでに破綻しており、このままでは近い将来、市場から退場せざるをえなくなるだろうと言い切る。
また、新聞社はもう一つ深刻な問題を抱えている。それは、現在の新聞ビジネスが数々の法的な特権の上の成り立っており、その特権を失えば新聞社の大半は経営が成り立たなくなるという問題だ。しかも、新聞社の特権の多くは、自分たちがその実態を報じないために一般社会に知られていないが、一度それが市民の知るところとなれば、とてもではないが社会的正当性を持たないものばかりなのだ。
例えば、その最たるものが再販制度だが、今再販制度という特権を失えば、大半の新聞社は軒並み赤字に転落する可能性が高いという。現に公正取引委員会はこれだけの繁栄を享受している新聞を再販という特権で保護することに対して、繰り返し見直し意向を表明している。これまでは新聞社のなりふり構わぬ抵抗で何とか再販制度の廃止は免れてきたが、河内氏はそもそも、再販制度自体が、戦前の統制経済の残滓であり、それに依存した経営体質自体が、現在の自由化の波の中ではもはや通用しないビジネスモデルであることの証左となっていると指摘する。
しかし新聞業界が抱えるより深刻な問題は、これだけの問題を抱えていながら、それに対する有効な施策をとれないところにある。そしてその最大の理由が、新聞の強大なメディア支配力ゆえに、他のメディアで新聞のこの構造的問題が明らかにされることがないからだ。新聞社は東京のキー局から地方局にいたるまでのテレビに、BS、CS、ラジオ、地方紙らを、資本関係と人的交流で強固な支配構造を作り上げた。このマスコミ同士のズブズブな関係が、メディア間の相互批判を妨げ、結果的に新聞の自浄能力を失わせている。
しかも、新聞は再販に加えて、国有地の払い下げや買収の脅威からの保護など、数々の特権を政府によって保証されている。新聞はすでに言論機関としての批判能力や権力の監視能力を発揮できる立場にはないと河合氏は指摘する。
一見新聞にとっては力の源泉となっているかに見えるテレビ局との系列化も、河内氏は新聞が牙を抜かれる原因となったと指摘する。1960年代から70年代にかけて、郵政族のドンだった田中氏の采配で5つの全国ネット放送局が5大紙と系列化されたが、本来政府から何の干渉も受けない立場にあったはずの新聞が、免許事業のテレビを抱えたことで、政府に対する批判能力はいやがおうにも低下したと河内氏は指摘するのだ。もし田中氏が、新聞の牙を抜くためにテレビという一見甘そうな毒を飲ませたとすれば、田中角栄という政治家の戦略眼には脱帽するほかない。
河内氏は、新聞が再販制度や幾多もの法律上の恩恵を受けるのであれば、自ら情報開示を行い、合理化努力をすべきだと説く。1日に数時間しか稼動しない自前の印刷工場や、年に何回かしか利用されない取材用航空機を保有する愚を新聞社はいつまで続けるのか。バブル期以降、落ちる一方の販売部数や広告売上を実感しながら、新聞社内部の危機意識は、恐ろしいほど低いと河内氏は言う。
新聞を愛するが故に問題の告発に踏み切ったと言う河内氏とともに、ロンリーダイナソー(孤独な恐竜)新聞の厳しい内実と未来像について考えた。