極右勢力に牛耳られたイスラエルはもはや誰も止められないのか
日本女子大学文学部教授
1954年兵庫県生まれ。78年東京大学法学部(政治コース)卒業。79年同学部(公法コース)卒業。専門は国際政治学、平和研究。立教大学助手、明治学院大学助教授、明治学院大学国際学部教授などを経て2023年より現職。編著に『戦争をしないための8つのレッスン』、共著に『重大な岐路に立つ日本』など。
被爆者の立場から核兵器廃絶を訴えてきた日本被団協(日本原水爆被害者団体協議会)が10月11日、ノーベル平和賞を受賞した。
今回、核兵器廃絶を訴えてきた被団協がノーベル平和賞を受賞したことの背景には、今まさに世界でこれまでにないほど核の脅威が高まっていることが指摘できる。ウクライナに侵攻したロシアは、プーチン大統領がアメリカを始めとするNATOのウクライナ支援国に対して核の脅しととれる発言を繰り返している。北朝鮮も10月7日に金正恩総書記が「敵が武力行使を企てれば核兵器の使用も排除しない」と述べている。紛争が続くパレスチナ地域ではイスラエル政府の極右閣僚が昨年、ガザへの核兵器使用も選択肢にあるなどと発言している。国際政治の表舞台でここまで露骨に核による威嚇が語られることは、いまだかつてなかったことだ。
そうした中でロシアのプーチン大統領は9月25日、核兵器の役割や使用する条件を定めた「核ドクトリン」の内容を変更する方針を発表した。新方針の下では非核保有国による攻撃でも核保有国の支援を受けていれば共同攻撃と見做すとしている。明らかにアメリカの支援を受けたウクライナを念頭に置いた方針変更で、これが正式決定されればロシアによる核兵器使用のハードルが大きく下がる恐れがある。特に近年、米ロが互いを直接攻撃できるような強力な「戦略核」に対し、あえて破壊力を抑えた「戦術核」の開発が進み、実際に使用される懸念が広がっている。破壊力を抑えたといっても、広島に投下された原爆と同等の殺傷力を持っており、核兵器である以上、従来の兵器とは破壊力という点でも非人道性という点でも明らかに次元が異なることは忘れてはならない。
1945年に広島、長崎に原爆が投下されて以降、核兵器は一度も使われずに来た。なぜこれまで核戦争にならなかったかというと、互いに核兵器を保有することによって核兵器が使えなくなるという「核抑止」が機能してきたからだという考え方がある。しかし、明治学院大学国際平和研究所客員所員で平和研究の第一人者の高原孝生氏は、核戦争が起こらずにここまで来たのは、その場にいた個々の人間がたまたま「正しい判断」を下した結果であり、核抑止を過信してはならないと警鐘を鳴らす。
実際はそこでいう「正しい判断」というのも、個々人が核戦争だけは避けなければならないという強い思いから、ルールに反した行動を取ったことが、核兵器使用の回避につながったというのが現実だった。規定のルールに従っていれば、何度も核戦争が起きていても不思議はなかったということだ。
例えば1983年、アメリカの核ミサイル攻撃を探知するソ連の早期警戒システムが誤作動する事件があった。当直で勤務していたペトロフ中佐は、アメリカが核ミサイルを発射した場合は、共産党の首脳部に即座に報告しなければならない立場に置かれていたが、ミサイルの数が少なすぎることからシステムの誤作動の可能性を疑い、規則に反して報告をしないままミサイルの着弾予想時間が過ぎるのを待った。もし中佐が規則通りに報告していれば、直ちにソ連から報復の核攻撃が行われ、全面核戦争に発展していた可能性が十分にあった。それ以外にも、核攻撃を想定した西側の訓練をソ連側が本物と誤認識して、間一髪で核戦争に発展しかけたこともあった。
互いに核兵器を保有することで核を使えなくするという相互確証破壊(MAD)の理論は、一見合理的に見える。しかし高原氏は、相互確証破壊などの核戦略はアメリカとロシアという1対1の世界しか想定していないところに問題があると指摘する。米ソが圧倒的な核戦力を独占していた時代とは異なり、今や核兵器は9か国が保有するようになっている。その中にはパキスタン、インドのように恒常的な紛争を抱える国もある。北朝鮮は金正恩総書記の意向次第で、何が起きてもおかしくない国だ。警報の誤作動や相互不信なども含め、一歩間違えばいつ核兵器が使用されてもおかしくない状態に世界は陥ってしまっている。核の抑止論では核兵器の使用を抑えられないと高原氏は言う。
そのような状況の下で唯一の戦争被爆国である日本は何ができるのか、核には核でやり返すしかないという発想を転換するためには何が必要なのかなどについて、核軍縮が専門で明治学院大学国際平和研究所客員所員の高原孝生氏と、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。
(※概要に不正確な記述がありましたので、訂正しました。ここにお詫び申し上げます。2024年10月16日18時)