こんな総裁選をやっていて自民党は変われるのか
政治ジャーナリスト
1963年千葉県生まれ。85年早稲田大学政治経済学部卒業。毎日新聞社政治部などを経て92年共同通信社入社。政治部で首相官邸、与野党、旧防衛庁、外務省を担当し2000〜03年ワシントン特派員。帰国後、政治部担当部長、整理部長などを経て24年より現職。著書に『日本の国防』、編著に『証言 小選挙区制は日本をどう変えたか』など。
日本が停滞したまま身動きが取れなくなっている根本原因の一つに、もしかしたら選挙制度の問題があるのではないか。
言うまでもなく選挙は民主政の根幹を成す要素だ。選挙が正常に機能しなければ、政治も正常に機能しない。民意が正しく政治に反映されなくなるからだ。そして、政治が機能しなければ、経済も社会も立ちゆかなくなる。なぜならば、結局のところ日本という国の意思決定は政治の場で行われているからだ。
日本は衆議院が小選挙区比例代表並立制、参議院は選挙区制と比例代表制という制度を採用している。特に衆議院の小選挙区比例代表並立制という選挙制度は、リクルート事件や東京佐川急便事件などの大型疑獄事件の反省の上に立ち、カネのかからない政治、政策主導の政治、政権交代が可能な政治という触れ込みで1994年の政治改革の一環として導入された。
しかし、小選挙区制を中心とする新しい選挙制度の下では、投票率は低迷を続け、政権交代も結局30年間で1度しか起こらなかった。
そもそもなぜ日本は小選挙区制を導入したのだろうか。当時の関係者への取材結果をこのほど編著『証言 小選挙区制は日本をどう変えたか』にまとめた共同通信特別編集委員の久江雅彦氏は、現在の選挙制度が導入された1994年当時、小選挙区制に反対する人は守旧派のレッテルを貼られ誰も反対できないような空気が作られていたという。元々小選挙区制はアングロサクソンの国々が得意とする選挙制度で、歴史も文化も大きく異なる日本でこれがうまく機能すると考える根拠は必ずしも多くはなかった。そのため当初、小選挙区制の導入を提唱する人は決して多くはなかったが、自民党を飛び出し細川連立政権の立役者となった小沢一郎氏と、朝日新聞を始めとする大手メディアがこぞって小選挙区制こそが政治改革の本丸であるかのような主張を展開した結果、気がついた時は世論も小選挙区制一辺倒になっていた。
久江氏は同著の中で小選挙区制が導入された際の当事者だった細川護熙首相(当時)や河野洋平自民党総裁(当時)にもインタビューしているが、現在の選挙制度制定の当事者である両氏ともに、現在の選挙制度は誰も望んでいなかったものが妥協の産物としてできあがってしまったものであることを認めているという。
議会で過半数を占めるためには同じ選挙区に同じ政党から複数の候補者を擁立しなければならない中選挙区制の下では、候補者間で政策的な違いを出しにくいため、得てしてサービス合戦に陥り、それが利権政治の温床となっているという説明から小選挙区制が導入されたが、その説明も小選挙区になれば問題が解決されるとの考えも、今となってはとても浅はかなものだったかもしれない。
現行の選挙制度には数々の欠陥があることは明らかだ。有権者の投票行動が議席配分に過大に反映され、僅かな票の移動で容易に政権交代が起きる小選挙区制と、それを相殺する比例代表制がブロック制という中途半端な形で組み合わされたことによって、実際には政権交代は起きにくいことに加え、少数政党が生かさず殺さずの生殺し状態に置かれるようになっている。現行の制度では比例区のおかげで野党は生き残れるが、決して政権を担えるような規模にはなれない。また、小選挙区で落選した議員が比例区で復活当選することが可能になっていることで、有権者がますます白ける制度になってしまっている。これでは投票率が先進国の中でも最低水準に低迷するのも無理はない。
また小選挙区制の下では最初から強固な支持基盤を持つ世襲議員や特定の業界団体の支持を受けた族議員や組織内議員が圧倒的に有利になっている。
これでは政治にも日本にも新陳代謝など起きるわけがない。しかも、300億円を超える政党交付金が、毎年議席の多い与党により多く配分され、与党にはパーティ券を通じて企業や業界団体からふんだんに政治資金が流れ込んでくる。そのような政治状況で日本で政治にも経済にもまったく変革が起きないのはいわば当然のことだったのではないか。小選挙区制の導入と日本の失われた30年が同時期に始まっていることは決して偶然ではなかったと考えるべきだろう。
しかし、ここで拙速な選挙制度の変更には慎重を期する必要があるだろう。30年前の失敗は政治腐敗をすべて選挙制度、とりわけ中選挙区制のせいにして、選挙制度さえ変えれば問題が解決するかのような安直かつ短絡的な考え方で国全体が動いたことだ。
現行の選挙制度に問題があることは間違いないが、今回もそれを丸ごとすげ替えれば今の政治が直面する問題がすべて解決するかのような主張には注意が必要だ。むしろ現行の選挙制度の下で、明らかに問題があると思われる比例復活やブロック比例の問題などを個別に再検証し、小選挙区の特性を活かしつつ、その弊害を最小化する方法を模索する方法も考えるべきだろう。選挙制度がその国の民主政の根幹を成すことを考えれば、30年程度でその制度が根幹からコロコロ変わるのは、決して褒められたことではない。
今の選挙制度は民意を反映するものになっているのか、失われた30年の根底には選挙制度の問題があるのではないかなどについて、共同通信社特別編集委員の久江雅彦氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。