緊縮財政は間違っているが貨幣量にも資源の限界という制約は存在する
参院議員(自民党)
1978年兵庫県生まれ。2001年東京大学工学部卒業。03年同大学院情報理工学系研究科修士課程修了。同年ゴールドマン・サックス証券入社。日本国債、円金利デリバティブ、長期為替などのトレーディングを経て19年退職。著書に『きみのお金は誰のため』など。
場当たり的なバラマキ政策を羅列した岸田政権の経済対策は、根本的に間違っている。
岸田政権は11月2日、「デフレ完全脱却のための総合経済対策」を閣議決定した。9月末に発表した物価高対策や持続的な賃上げなど「経済対策の5本柱」から成り、総額で17兆円にのぼる大型な景気・貧困対策パッケージだ。
その中の目玉政策として、1回キリの減税と補助金の給付と並んで物価高を緩和するためにガソリン、電気・ガス代補助金の2024年4月末までの延長が含まれている。しかし、元ゴールドマン・サックス金利トレーダーの田内学氏は、補助金自体はその場しのぎで根本問題の解決にはならないという。
ここで言う根本問題とは、日本が一次エネルギー自給率12%、食料自給率38%という先進国中最低水準にとどまったままでは、何をやってもお金が海外に流出してしまうことだ。ガソリンにしても小麦などの食料にしても、補助金そのものは政府から国民に資産を移す政策となるので、それが有効に使われれば日本の富が増えることに役立つ場合もある。しかし、特にガソリンや食料の自給率が低いままでは、いくら補助金を出しても日本の国富が海外に流失するばかりだ。困っている人を一時的に助けることは必要だが、根本原因を放置したままでは問題は解決しない。
もし自給率を簡単に上げることができないのなら、日本はその分だけ、いやそれ以上に、海外に買ってもらえるような付加価値の高い製品を作って輸出しなければ、国富の流出は止まらない。日本の国富が流出し、日本がどんどん貧乏になっているから、円の価値は下がり続け、益々原材料の値段が上がるという悪循環が続いているのではないか。金利政策云々はあくまでその反映であって、それが円安の根本原因と考えるのは手段と結果を取り違えている。
賃上げ政策もピントがずれている。物価が上がれば本来は賃金も上がるはずだ。しかし、日本では賃金が一向に上がらない。今回の経済対策の中にも賃上げ企業への優遇税制などが盛り込まれているが、そもそも民間企業の賃金は政府が命じれば上がるものではない。資源輸入大国の日本企業が海外で求められる付加価値の高い製品を作れなくなっていることが問題なのだ。
岸田政権は今年6月に閣議決定された骨太方針2023の中で「2,000兆円の家計金融資産を開放し、持続的成長に貢献する資産運用立国を実現する」などと言い始めた。そしてその一環として、金融経済教育推進機構なる認可法人を作って国家戦略として投資家になるための金融教育を進めるそうだ。田内氏はこの政策もとんでもなく的外れだと語る。そもそも投資というのは、自分以外の人におカネを渡して稼いで貰う行為だ。もう働けなくなった高齢者が投資に頼るのならいざ知らず、どうすれば自分たちに投資してもらえるかを考えるべき日本の若者たちがアメリカの株に投資して儲ける方法を学んでいるようでは、日本の未来は暗い。実際、今日本では自分たちの力で社会問題を解決していこうという気概さえ失われているようだ。日本財団による18歳の意識調査では、日本で自分の行動で国や社会を変えられると思っている若者の割合が、インドや中国の3分の1、アメリカやイギリスと比べても半分以下にとどまっている。問題は海外への投資での儲け方を教えることではなく、日本人が自分たちの国が直面する諸課題への有効な手立てを自分たちで考え、それを実現するための投資を国内外から引き込めるようにならなければならないのではないか。
田内氏は新著『きみのお金は誰のため』の中で、「お金自体には価値がない」、「お金で解決できる問題はない」、「みんなでお金を貯めても意味がない」の3命題を提示した上で、おカネが人々をつないだり、社会を豊かにするための有効なツールとなる方法を考えることの重要性を強調する。実際のところお金自体は紙きれにすぎず、それを受け取って働く人がいなければ価値はない。お金は人に働いてもらうための道具であるという基本中の基本を踏まえた上で、今日本の円の価値が大きく下がっていることの意味をよく考える必要があるのではないか。円安の本質的な意味は、日本に働いてもらっても良いものが手に入らないと世界が考えているということだ。日本が海外に買ってもらえるようなモノを作る努力と工夫を今すぐにでも始めなければ、日本の国際的な地位の低下は今後も止まらないだろうと田内氏は言う。
お金の本質は何か、岸田政権の経済対策に欠けている視点はどのようなものか、今、日本が本当に考えなければならないことは何かなどについて、金融教育家で元ゴールドマン・サックス金利トレーダーの田内学氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。