やまゆり園事件が決して他人事では済まされない理由
日本障害者協議会代表
1952年千葉県生まれ。80年東京大学医学部卒業。医学博士。82年より都立松沢病院精神科医員。91~98年、東京大学医学部精神医学教室講師。慶成会青梅慶友病院副院長、和光病院院長などを経て2012年都立松沢病院院長。21年より同名誉院長。著書に『都立松沢病院の挑戦』、『アルツハイマー病になった母がみた世界』など。
今年2月、東京八王子の精神科病院「滝山病院」で患者への虐待が内部告発で明らかになり、看護師らが逮捕された。しかし、その後も被害の訴えは続き、行政手続きの偽装や不適切な医療が行われたことなど、次々と問題が表面化している。
この事件は虐待の実態がテレビのニュースなどでも取り上げられたので、ご記憶の方も多いことだろう。
人工透析が必要な精神疾患の患者を積極的に受け入れ、一度入ったら患者が死亡するまで出られない病院として知られていたという滝山病院は、家族からも見放されどこにも行くところがない患者の受け入れ先として、関東近県の精神科病院や福祉事務所では知られた存在だった。どんなに評判が悪くても、他に行き場のない患者を引き受けてくれる病院として必要だったのだ。
この事件が内部告発という形で明るみに出てきたこと自体が奇跡に近い、と語るのは精神科病院として140年の歴史をもつ都立松沢病院名誉院長で精神科医の齋藤正彦氏だ。
齋藤氏は今回の事件は日本の精神医療のシステムの問題であるため、この病院だけ批判しても問題は解決しないと語る。精神科病院での暴行や虐待はこれまでも繰り返し問題となり指摘されてきたが、そもそも精神医療においては病院をオープンにしようという圧力がかからない構造になっているのだ。
その背景にあるのは、排除・隔離の発想だ。
1879年に松沢病院の前身である東京府癲狂院(てんきょういん)が創立され、行き場のない精神疾患の患者たちを収容したのが精神科病院の始まりだ。その後、戦前・戦後を通じて、患者への治療を重視し排除・隔離の発想からの脱却が何度も試みられてきたが、いまも根本では変わっていない。それを体現しているのが、この番組でも何度かお伝えしている、身体拘束、隔離などの行動制限がいまも精神科病院で多用されている実態だ。
齋藤氏は、都立松沢病院院長として勤めた9年間で身体拘束を減らした実績を持つ。難しい患者を引き受け、急性期病棟でも身体拘束なしを実現している。
日本の精神医療は、難しい患者を民間病院に押し付けて、見て見ないふりをしてきた。今こそ、公的な病院の役割を見直す必要があると齋藤氏は語る。そのうえで、精神医療を通常の医療の一環として位置づけ直す必要性を主張する。うつ、発達障害、摂食障害、認知症など精神疾患が身近になった今こそ、この問題を自分事として考えなくてはならないのではないか。
世界的にも特異な状況にある日本の精神医療を変えるためには、今、何が求められているのか。精神医療の現場から発信を続ける齋藤正彦氏と、社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。