「原賠法」という原発政策の根本的な欠陥を放置したままの原発回帰はあり得ない
弁護士
1951年和歌山県生まれ。75年東京大学経済学部卒業。83年東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。博士(経済学)。専門はエネルギー産業論。東京大学社会科学研究所教授、一橋大学大学院商学研究科教授などを経て2021年より現職。東京大学名誉教授、一橋大学名誉教授。著書に『エネルギー・シフト』、『災後日本の電力業』など。
資源のない日本が原発回帰などという寝ぼけたことを言っている場合なのか。
岸田政権は2023年2月10日、原発の60年を超えた運転や新増設を認める「GX実現に向けた基本方針」を閣議決定した。12年前の原発事故の後に打ち出した「原発の新増設や建て替えを想定しない」としてきた従来の方針を大きく転換させたことになる。あれほどの事故を経験しておきながら、早くも原発回帰などという選択肢がありうるのか。
福島第一原発の大事故を経験した日本は、遅ればせながら2012年に電力の固定価格買取制度(FIT)を導入するなどして、再生可能エネルギーを主力電源化する基本方針を定めた。再エネの主力電源化はエネルギー基本計画の中でも謳われている。しかし、震災から12年が経った今、日本の全電源に占める再エネのシェアは先進国の中では最低水準にとどまっている。結局、この12年間、期待したほど再エネを増やすことができず、だからといって大手を振って原発を動かすこともできないので、結果的に日本はガス、石油、石炭などの化石燃料を使った火力発電に依存せざるを得なかった。地球温暖化問題を話し合う国際会議COPで、不名誉な「化石賞」が日本の指定席となっていたのはそのためだ。そうこうしている間にウクライナ戦争が勃発し原油価格が高騰したために、日本のエネルギー価格も高止まりし、日本ではあらゆる商品の値上げラッシュが続いている。
そうした中、政府は人々の原発事故の記憶も多少は薄らいできたとでも考えたのだろうか。福島ではまだ故郷に帰還できない人が大勢いるというのに、ここに来て原発回帰などと言い出している。再エネは増やせず、値が張る化石燃料にも依存できないので、原発依存に戻るしかないという理屈だ。
しかし今こそ、日本がなぜ他の先進諸国のように再エネのシェアを増やすことができないのかを、あらためて考えるべきではないか。民主党政権下で導入されたFITの効果で、日本は太陽光発電の発電量だけは大幅に伸ばしてきた。今日、日本の太陽光発電量は世界で3番目に多いところまで来ている。しかし、他の再エネ先進国が太陽光の他にも風力やバイオマス、地熱など多様な再エネを推進できているのに対し、日本は太陽光以外の再エネがほとんど伸びていない。また、太陽光もFITの導入当初は爆発的な伸びを見せたが、買い取り価格が下がるにつれて発電量の増加ペースは鈍ってきている。
経済学者でエネルギー問題に詳しい橘川武郎・国際大学副学長は、この先、日本が再エネのシェアを伸ばすためには、市民参加型の再エネを実現していくことが必要だと言う。ここまで日本の再エネ事業は主体がその地域とは関係のない大資本が中心で、特に太陽光発電や陸上・洋上風力発電についてはさまざまな理由から建設に反対する地域住民や漁協などとの軋轢が大きくなっていた。ヨーロッパで普及している市民風車のように、地域住民を巻き込んで再エネ事業を進めていけるようになれば、地形的な特徴など地域住民にしか分かりづらい情報も集まりやすくなり、計画もよりスムーズに進むはずだと橘川氏は指摘する。
他にも再エネ後発国である日本は、他の再エネ先進国の成功例を参考にするとともに失敗経験を教訓にした、ベストな計画の推進が本来であれば可能なはずだ。しかし日本の一番の問題は、何をしなければならないかがわかっていても、既得権益のしがらみや政策当事者の能力不足などが原因で、それを実現できないことが多いことだ。そして、日本が合理的なエネルギー政策を実現できるか否かは、結局のところ原発の既得権益層の影響力を排除できるかどうかにかかっていると橘川氏は言う。
なぜ日本は再エネを増やすことができないのか。日本が原発回帰をしなくてすむための大前提となる再エネのシェアを増やすためには、具体的には何をすればいいのかなどについて、橘川氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
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