裏金が作り放題の政治資金規正法の大穴を埋めなければならない
神戸学院大学法学部教授
弁護士、元検事
1955年島根県生まれ。77年東京大学理学部卒業。民間企業勤務を経て80年司法試験合格。83年検事任官。東京地検、広島地検、長崎地検、東京高検などを経て2006年退官。08年郷原総合法律事務所(現郷原総合コンプライアンス法律事務所)を設立。10年法務省「検察の在り方検討会議」委員。11年九州電力やらせメール事件第三者委員会委員長などを務める。著書に『「深層」カルロス・ゴーンとの対話:起訴されれば99%超が有罪となる国で』、『検察崩壊 失われた正義』など。
岸田政権が暴走している。国会や国民に諮ることなく戦後の防衛政策を大転換させたかと思えば、12年前の福島原発事故であれだけ痛い思いをしておきながら、今再び原発回帰を模索しているという。
原発政策の転換について、その中身は今のところ休眠中の原発の再稼働を推し進める一方で、原子炉の60年超の運転を認めるとともに、廃炉になる原発では新たな原子炉の増設や新型炉の開発を進めていこうというもののようだ。さらに計画には「核融合」などという夢のような言葉まで登場するのを見るにつけ、どこまで岸田政権が本気で原発政策を転換するつもりなのか怪しくも思えてくるが、いずれにしても岸田政権では福島の原発事故の苦い教訓は忘却の彼方に追いやられてしまったことだけは間違いないようだ。
12年前に歴史に残る重大な原発事故を経験した日本は、民主党政権下で一旦は原発ゼロを目指す方針を打ち出したものの、その後、安倍政権の下で安全基準を満たした原発は再稼働していく方針に転じた。しかし、事故の恐怖を目の当たりにした世論の風当たりは強く、ここまで原発の再稼働は限定的なものにとどまっていた。結果的に日本は足りなくなった電力を調達する手段として、長期的には再生可能エネルギーを推進しつつも、短期的には石炭や天然ガスを使った火力発電で埋めるという政策を実施してきた。
しかし、エネルギー全体に対する再生可能エネルギーのシェアで、日本は他の先進国に大きく後れを取り、事故から12年経った今も、日本の化石燃料への依存度は高いままだ。そうした中でウクライナ戦争などによって化石燃料の価格が高騰したため、日本はエネルギー政策を根本的に見直さなければならなくなったというのが、此度の原発回帰の理由として説明されている内容だ。
そもそもなぜ日本が再生可能エネルギーのシェアを増やすことができなかったのかについては別途厳しい検証が必要だが、いずれにしても再エネのシェアがなかなか増えず、化石燃料価格の高騰で化石燃料依存も続けられなくなったため、岸田政権は本気で原発回帰を推し進めようとしている。しかし、弁護士で九州電力やらせメール事件で第三者委員会の委員長として電力会社と密に関係した経験を持つ郷原信郎氏は、原発行政の根本的な欠陥となっている原子力損害賠償法(原賠法)の問題を放置したまま原発回帰を図ることはとんでもない愚策だと指摘する。
その問題とは、日本の原賠法が原子力行政の根本的な矛盾点を覆い隠す隠れ蓑として使われてきたため、結果的に日本の原発行政は万が一事故が起きた時、電力会社も国も責任を取らない総無責任体制になっていることだと郷原氏は言う。そして、その総無責任体制がもろに電力会社のガバナンス不在の経営体質にもつながり、それが一向に後を絶たない電力会社の不祥事という形で顕在化していると郷原氏は言うのだ。
2022年7月、東電の株主48人が旧経営陣に対して起こした「株主代表訴訟」で、勝俣恒久元会長ら4人の経営陣に13兆3,210億円という前代未聞の賠償の支払いが命じられているが、郷原氏はこの法外な金額こそ、原賠法の内包する矛盾を露わにするものだという。
原子力損害が生じた際に損害賠償の所在を明らかにするために1961年に制定された原賠法は、電力会社による「無過失責任」と「無限責任」を定めている。事故の全責任を民間企業である電力会社が無限に負うことになっているということだ。同時に原賠法は電力会社に対して政府保証のついた賠償保険への加入も義務づけているが、保険でカバーされるのは最大で1,200億円までだ。いざ事故が起きた際の損害額はその何百倍から何千倍にも及ぶことは政府自身が試算を出している。ところが原賠法では保険で賄いきれない賠償部分については、政府が「必要に応じて援助をする」としか書かれておらず、政府は事実上賠償の義務を負っていない。結果的に万が一事故が起きた場合、被害者は泣き寝入りをするしかないことが前提になっているというとんでもない法律が現在の原賠法であり、その法制度に沿って日本の原発は運転されてきた。
郷原氏は、電力会社は自身の補償能力を遙かに超えた賠償責任を負わされているため、破綻処理の是非を含め、結局最後は政府に頼るしかない。しかし、その一方で政府は賠償義務を負ってないため、いざ事故が起きれば、賠償責任は宙に浮いてしまう。同時に電力会社は完全に当事者能力を失い、政府のまな板の上の鯉となる以外に選択肢がない。企業ガバナンスの専門家でもある郷原氏は、そのような脆弱な基盤の上に乗って経営されている電力会社の経営幹部に、正常なガバナンスを求めることなどできるはずがないと指摘する。
しかし、原賠法の矛盾は、一旦事故が起きれば想像を絶する甚大な被害が出てしまうことが必至である日本のように狭い国土で、原発を運転することが事実上不可能であることを露わにしている。今政府は原賠法という時限爆弾を抱えたまま、いざ事故が起きた時に誰が責任を負うのかという原発の根本的問題を棚上げしたまま原発回帰を図ろうとしているのだ。
原賠法とはどんな法律で、どのような欠陥や矛盾を内包しているのか。この法律がなぜ電力会社のガバナンス喪失を生むのか、このまま原発回帰を図るとどのような問題が起きるのかなどについて、弁護士の郷原信郎氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。