この戦争がなかなか終わらないロシアとウクライナの国内政治事情
東京大学名誉教授
1972年神奈川県生まれ。94年慶應義塾大学総合政策学部卒業。99年同大学大学院政策・メディア研究科博士課程単位取得退学。同年、防衛庁防衛研究所入所。2005年スタンフォード大学東アジア研究専攻修士課程修了。スタンフォード大学東アジア研究センター客員研究員、米国海軍大学中国海事研究所客員研究員を経て21年より現職。著書に『海洋へ膨張する中国 強硬化する共産党と人民解放軍』、共著に『“海洋国家"中国にニッポンはどう立ち向かうか』など。
もはや台湾有事は時間の問題なのか。その時、日本はどうするのか。
中国が台湾統一の野望を捨てず、アメリカがこれ以上西太平洋の制海権を譲る気がない以上、台湾有事は避けられないとの見方が日に日に強まっている。さらに、ロシアによるウクライナ侵攻で、21世紀となった今も「力による現状変更」が平然と行われる現実を目の当たりにした世界では、台湾有事の脅威が高まっていると誰もが感じるのも無理からぬことだ。
しかも、それに輪をかけて、アメリカはバイデン大統領が繰り返し台湾有事への軍事介入の意思を表明しているほか、今年8月にはペロシ米下院議長が中国の反対を押し切って台湾訪問を強行すると、その対抗措置として中国は台湾を完全に包囲し、11発の弾道ミサイルを発射したほか、100機あまりの戦闘機を使った過去最大規模の軍事演習を行い、台湾やその周辺国をあからさまに威嚇している。
1995年に台湾の李登輝総統(当時)が母校のコーネル大学で演説を行なうために訪米した際も、中国はこれに激しく抵抗し、その対抗措置として台湾海峡で大規模な演習を行ったが、当時の中国の軍事力はまだ脆弱だったため、アメリカが周辺海域に2隻の空母を派遣すると、その威圧の前に中国は撤収を余儀なくされていた。しかし、それから4半世紀が過ぎた今、軍事力を増強した中国はもはや当時ほどアメリカを恐れる必要がなくなっている。
実際、東アジアの軍事バランスを見ると、204万の兵員と750隻の艦艇、3030機の作戦機(爆撃機、戦闘機、攻撃機、偵察機)を持つ中国に対し、台湾の兵力は17万人にとどまる。そこに日本の自衛隊の23万人と米軍の太平洋正面部隊の13万人を加えても、中国には遠く及ばない。少なくとも軍事的には、中国はその気になればいつでも台湾を取れる力を持っている。
しかし、だからといってただちに中国が台湾に軍事介入するとは限らない。防衛省防衛研究所の研究室長で中国研究が専門の飯田将史氏は、中国は当然、反撃を受ける可能性や台湾侵攻がもたらす外交的、経済的なダメージなどを冷徹に計算しながら、タイミングを計っているだろうと言う。また、単純に兵員や兵器の数だけ見ると台湾は中国に及ばないが、実際に有事となった場合、台湾は中国軍にある程度のダメージを与えるだけの能力はあるという。というのも、ウクライナ国民を見ても分かるように、有事になった場合は国民の支持や軍人の士気なども重要な要素になるからだ。
とは言え、現在の中国の国際社会における影響力はロシアとは比べものにならないほど強大だ。10月12日に採択された国連総会のロシアに対する非難決議では、ベラルーシ、シリア、北朝鮮、ニカラグアの4か国が反対し、35か国が棄権したが、飯田氏は、いざ中国が同じように国際社会の審判を受ける状況になれば、中国を支持する国はもっと多くなるだろうと予想する。
すわ台湾有事となり、バイデン大統領が公言するようにアメリカ軍が参戦することになれば、日本は安倍政権下で制定された安保法制で定義されている「存立危機事態」による武力行使まで行うのか、「重要影響事態」として後方支援にとどまるのかの決断を迫られる。恐らく日本が戦後、これまで経験したことのないもっとも困難な政治決断となるだろう。
感覚的には台湾有事そのものは「存立危機事態」の定義である「日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある状態」とはならないと考えるのが妥当だろう。しかし、政治的には、もし台湾有事に際して日本が「存立危機事態」を認定せず、武力行使まで行わなかった場合、いざ尖閣諸島で同様の事態が発生した時、アメリカは日米安保条約5条に基づき武力行使までしてくれるかどうかが危うくなる恐れがあるということだ。少なくとも政府内ではそういう議論が出てくるだろう。いつものお得意な「場当たり的に対応」に終始するのではなく、今からその時に備えておくべきではないか。
実際のところ日本にはどのような選択肢が残されているのか。これまでのようにアメリカ一辺倒で行くことが本当に日本の国益に適っているのか。今後、短・中期的には中国の隆盛は続くだろうし、一時的にGDPでも米国を抜いて世界第一の超大国の座に登りつめる可能性が高いことを指摘されている。しかし、その一方で、現在の中国はすでに高齢化が進んでおり、経済成長の鈍化も始まっている。また、国連の推計では、2021年に14億人でピークを迎える中国の人口は、2100年には7億人台まで減少することが予測されている。同予測ではアメリカの2100年時点での人口は4億人を超えるとなっている。GDPでもアメリカは一旦は中国に抜かれるが、その後、また追い越し、その先は人口が増え続けるインドとアメリカの競争になることを予想する向きもある。
台湾をめぐる米中衝突はあるのか、起こさないためにどうすればいいのか、起こってしまった場合、どんな衝突になり日本は何をしなければならないのかなどについて、希代の中国エキスパートである防衛研究所の飯田将史氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
(※番組で使用したフリップに間違いがありましたので修正いたしました。訂正してお詫び申し上げます。2022年10月18日)