末期症状を呈する自民党政治を日本の終わりにしないために
元経産官僚、政治経済アナリスト
1955年長崎県生まれ。80年東京大学法学部卒業。同年通産省(現経産省)入省。経済産業政策課長、中小企業庁経営支援部長、国家公務員制度改革推進本部審議官などを経て2011年退官。同年より現職。著書に『官邸の暴走』、『官僚と国家』、『日本中枢の崩壊』など。
岸田政権が本格的に始動した。
あたかも多種多様な候補者たちが侃々諤々の政策論争を戦わせているかのような演出を施し、派閥の親分の命令に造反する若手議員の反乱などというありもしないスパイスまで振りかけて盛りに盛った虚構のストーリーで、実際は国会議員が自民党の伝統的な派閥の論理に則って自分たちのシャッポを決める儀式に過ぎなかった総裁選を世論の一大イベントに仕立て上げたプロデュース力、いや演技力のおかげで、自民党は党の支持率を回復させることに見事に成功したが、さりとて安倍・菅政権と2つの政権を追い込んだ深刻な課題が岸田政権にまで持ち越されたことに疑いの余地はない。
(それにしても、裏シナリオの存在を熟知していながら平然とそれに乗っかる既存メディアにもほとほとあきれ果てた。もし裏シナリオの存在を本当に知らなかったとすれば、もはや報道機関としては能力的に論外だし、知っていたのに報じなかったとすれば、倫理的にやはり論外であることにかわりはない。)
そして安倍・菅政権から持ち越された課題とは、失われた政権のガバナンスをいかに回復するかに他ならない。残念ながら先の総裁選では原発、核燃料サイクル問題から敵基地攻撃、靖国参拝まで様々な政策論争が俎上に上ったかに見えたが、先の2つの政権で課題となった官邸に一極集中した権力の濫用をいかに防ぐのかという、今の日本にとってもっとも深刻な問題はまったくといっていいほど議論されなかった。それもそのはずである。一連の政策討論イベントはただ一度きりの日本記者クラブ主催の共同記者会見を除けば、全て党が主催し党側がお膳立てをした、早い話がPRイベントだったのだ。
確かに個別の政策も重要だ。しかし、政権のガバナンスが崩壊したままでは、いかなる政策が打ち出されようとも、国民はそれをまともに受けとめないだろう。ましてやポピュリスト政治が8年以上も続いた今の日本では、痛みの伴う施策が避けて通れない分野が少なからずある。正当性に疑義のある政権から痛みを看過するよう求められた時、どれだけの国民がそれを甘受する用意があるだろうか。
9年に及ぶ安倍・菅政権は安倍一強、官邸一強などと囃され、一見、強い権力を誇っていたかのように思われがちだ。しかし、その実績を振り返ると、完全にガバナンスが崩壊していたボロボロな政権だった。彼らは集中した強い権力を公共の福祉のために使いこなせなかったばかりか、むしろそれを私物化し濫用した結果が日本の中枢におけるガバナンスの崩壊につながったと言ってもいいかもしれない。
ガバナンス崩壊の実例を挙げればきりがないが、特定の政治目的を達成するために内閣法制局長官から日銀総裁、最高裁判事、検察首脳、NHK経営委員、学術会議委員など、これまで一定の中立性や独立性が重んじられてきたポストに容赦なく介入する人事権の濫用は、安倍・菅政権では日常茶飯事だった。また、加計学園獣医学部の認可や桜を見る会での後援会丸ごとご招待などに見られる権力の私物化、消えた南スーダン自衛隊日報問題や森友学園の調査報告、統計データ不正などで明らかになった公文書の隠蔽や不法廃棄や改ざんなども常態化していた。全国一斉休校やアベノマスク、大学入試制度改革など政権の支持率アップを目的とする思いつきの施策が繰り出されるたびに、国民は右往左往させられた。そして、いざ新型コロナ感染症に見舞われた時、強権を誇るはずの政権は、感染源を把握し押さえ込むための第一条件となるPCR検査を拡大することも、世界最多を誇る一般病床のほんの一部でもコロナ病床に転換することすらできず、欧米と比べると幸いにも感染者数ははるかに少なかったにもかかわらず、われわれ日本人は常時緊急事態宣言下に置かれ、多くの犠牲を強いられることとなった。表沙汰になったものだけでも政権が機能していなかったことを示唆する事例がこれだけあるのだ。水面下で一体どれだけ酷いことが繰り広げられていただろうか。
特に人事権を盾にとった強権発動に本来は優秀であるはずの霞ヶ関官僚は萎縮し、官邸の意向に唯々諾々と従うばかりか、自らの意見すら言わなくなった。菅元首相は自らの肝いりで導入したふるさと納税の問題点を指摘した総務省幹部を、あからさまに左遷した。
安倍・菅政権で一強官邸の先兵となって動いた官邸官僚は、岸田政権の発足と同時にほぼ総入れ替えとなったが、果たして新政権が安倍・菅時代に傷んだ日本の民主主義を回復させることができるかどうかは、現時点では未知数だ。メンバーは代わったが岸田政権でも経産官僚が官邸官僚として重用されているし、安倍氏の政権への影響力もさまざまな形で温存されている。
ただし、元経産官僚の古賀茂明氏は岸田政権が立ち往生し早期に倒れるようなことになれば、次は安倍元首相自身が再登板することになる可能性が高いと指摘する。現時点では安倍氏は桜を見る会をめぐり検察審査会が「不起訴不当」を議決したことを受け、東京地検特捜部が再捜査を行っているため、すぐには身動きが取れない。しかし、その捜査が終結し再度「不起訴」となれば、晴れて政治の表舞台に復帰することが可能になる。今回の総裁選では高市早苗氏を自らの名代として立てざるを得なかったが、今回の総裁選は同時に、誰にどれだけ人気があろうが、結局は派閥の論理で自民党の総裁が決まることを白日の下に晒した。実質的に安倍氏が率いる細田派は385人中146人という党内で圧倒的多数の議員を抱え、盟友である麻生太郎氏の麻生派53人と合わせれば自民党の4割強を支配している現状に変わりはない。しかも安倍氏は国民の間にもそれなりに人気もある。
岸田政権は単に安倍・菅政治を終わらせることができるかどうかが問われるばかりか、もし失敗すれば本当に安倍氏が戻ってきかねないという、日本の政治史上重大な分岐点の上に立っている政権と言っても過言ではないのだ。
安倍・菅政権下で壊れた日本中枢のガバナンスとは何だったのか、それを再構築するために岸田政権は何をしなければならないのかなどを、古賀氏とともにジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。