フランス大統領選で見えてきた民主政の本当の危機
北海道大学法学研究科教授
1975年東京都生まれ。97年慶應義塾大学法学部卒業。2005年東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。07年博士(学術)。日本貿易振興会(JETRO)、パリ政治学院ジャパン・チェアー招聘教員、ニューヨーク大学客員研究員、北海道大学法学研究科教授などを経て、2021年より現職。著書に『「野党」論―それは何のためにあるのか』、『アフター・リベラル 怒りと憎悪の政治』など。
1962年東京都生まれ。86年同志社大学法学部卒業。95年京都大学大学院法学研究科修士課程修了。大和証券、松下政経塾塾生を経て98年参院初当選(無所属)。99年民主党入党。民主党政権下で外務副大臣、内閣官房副長官などを歴任。2017年より現職。当選4回(参・京都)。著書に『原発危機 官邸からの証言』、共著に『民主主義が一度もなかった国・日本』。
自民党の総裁選挙が終わり、決選投票で河野太郎行革担当相を破り新総裁に選出された岸田文雄元外相が事実上、次の総理大臣となることが決まった。
この8月、新型コロナウイルス感染症者の急増などで菅政権の支持率が低迷し、このまま総選挙に突入すれば自民党は大敗、野党の大躍進が確実視されていた時期があった。現に、8月下旬に行われた首相のお膝元の横浜市長選挙では、菅政権の閣僚を辞職して出馬した自民党の小此木八郎元国家公安委員長が、立憲民主党が推薦する山中竹春横浜市立大学教授に大敗を喫するなど、明らかにその段階では野党陣営に強い追い風が吹いていた。
ところが菅首相の突然の辞意表明と、それを受けた表面的には華やかな自民党総裁選が始まり、自民党は見事にメディアジャックに成功する。菅首相が辞意を表明してから総裁選までの約1ヶ月間、既存メディア、とりわけテレビが時間を割いて総裁選の最新状況や各候補のプロフィールなどを事細かに報じたおかげで、政権及び与党の支持率は急回復した。また、ちょうどそれがコロナの感染者数が急速に減少するタイミングとぶつかったため、ネタ枯れ状態にあった既存メディアは世間の耳目を集めるために、実際は旧態依然たる派閥の論理に支配された茶番劇を、蓋を開けるまでどうなるかわからないガチンコの戦いであるかのように報じた。
その結果、当初の野党の目算が大幅に狂ったことだけは間違いないだろう。
しかし、いずれにしても敵失に期待しているだけでは、この先、野党に展望が開けようはずもない。政権党の座にとどまるためであればいかなる妥協も辞さないところが、戦後ほぼ一貫して政権を担ってきた自民党の最大の強味であると同時に、自民党という政治集団の最大の特徴であることは、野党も重々承知のはずだ。
フランス政治に詳しく、近年では野党の存在意義について多くの発信を続けている同志社大学の吉田徹政策学部教授は、現在の野党、とりわけ野党第一党の立憲民主党の立ち位置では政権を担うために必要な有権者の幅広い支持を獲得することは難しいだろうと語る。総裁選のさなかに立民、共産党、社民党、れいわ新選組の野党四党の間で合意した「共通政策」を見ても、明らかに岩盤リベラル層の方を向いており、政権の奪取に不可欠となる中間層や無党派層に対するアピールには欠けていると吉田氏は言う。これは実際に政権を担っていない野党という立場の性格上やむを得ない面もあろうが、野党の主張はいつも政権構想というよりも「反自民」政策の羅列になってしまうきらいがあり、それが中間層が野党に政権を任せてみたいと思う気持ちにブレーキをかけていると、吉田氏は実際に2020年に中間層の意識調査を実施したデータを元に指摘する。
では、伝統的なリベラル層の支持を維持しながら中間層へ支持を拡げるために立憲民主党やその他の野党は、何をすればいいのか。
まず野党各党は他の野党に負けないための選挙戦をやめなければならないと吉田氏は言う。有権者は野党同士の争いなどにはまったく関心がないからだ。現在の選挙制度の下では選挙区での候補者の一本化は不可欠となるが、小選挙区で候補者を立てることが比例区の票の掘り起こしにつながるという「汚染効果」のために、野党各党、とりわけ共産党は勝てないとわかっている選挙区でも候補者を立てようとする傾向がある。与党側が自民党と公明党との間で小選挙区と比例区をうまく棲み分けしているのに、野党陣営が候補者を乱立させていてまともな戦いが挑めるはずもない。まずは候補者の一本化が最低条件となる。
その上で吉田氏は、自民党の安倍政権が長期政権を築けた背景に、自らは「岩盤保守」を支持基盤としながらも、幅広い層にアピールするアベノミクスなどの経済政策の存在があったことを指摘した上で、野党陣営も「岩盤リベラル」を支持基盤としつつも、より中間層に訴えかけることが可能な経済政策が必要だと語る。そして、現在の政治状況の下では、野党にとっては新自由主義勢力を取り込むことが不可欠になると吉田氏は言うが、立憲民主党は2020年にまとめた党の政策綱領で新自由主義との決別を打ち出している。伝統的な岩盤リベラル層の期待に応えながら、新自由主義的な傾向のある中間層をも取り込まなければ政権奪取への展望が開けないところに、野党の大きな課題があるということになりそうだたが、いずれにしても共産党との選挙区調整を含め、枝野代表にとっては難しい舵取りが求められそうだ。
番組の後半からは立憲民主党の福山哲郎幹事長も議論に加わり、支持率を回復したものの早速幹部人事で2A(安倍・麻生)支配が続いていることを露呈させている岸田自民党を相手に、現在の野党が抱える課題について吉田氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。