「バイデンの方がトランプに勝てる」は本当か
慶應義塾大学環境情報学部教授
1967年北海道札幌市生まれ。90年上智大学外国語学部卒業。97年同大学大学院人類学部博士課程修了。Ph.D(社会人類学)。ケンブリッジ大学、英オックスフォード大学、ハーバード大学客員研究員などを経て、2006年より現職。著書に『リバタリアニズム アメリカを揺るがす自由至上主義』、『白人ナショナリズム アメリカを揺るがす「文化的反動」』など。共著に『反グローバリゼーションとポピュリズム 「トランプ化」する世界』など。
一言で言えば、民主党の完敗である。
確かに大統領選挙そのものは、ここに来てアリゾナやジョージアの集計結果もほぼ出揃い、ジョー・バイデン元副大統領が辛うじて逃げ切りそうだ。しかし、この4年間、アメリカのエスタブリッシュメントが何十年、いや百年以上の年月をかけて築いてきたアメリカの機関(institution)という機関、規範(social norm)という規範をことごとく破壊し尽くしてきたドナルド・トランプ大統領が、世界最悪のコロナ禍に襲われ、コロナの影響とは言え景気も決してよくはない中で行われた大統領選挙で、大健闘はおろか、当初「地滑り的勝利」が確実とさえ言われていたバイデンをすんでのところで破るところまで肉薄したのだ。しかも、過去のどの現職大統領をも上回る7260万票という、人気絶頂期のオバマ元大統領よりも多くの支持を集めたのだ。もしこの選挙がコロナ禍に襲われていない中で行われていたら、結果がどうなっていたかは想像に難くない。
マル激では「トランプが負けても、トランプ現象は終わらない」と言い続けてきたが、こんな結果を見せられては、終わらないどころか、まだ始まったばかりだったという方がより正確なのかもしれない。
確かにアメリカ社会の分断は深刻だ。グローバル化が進み、中流階級の大半は没落する中で、アメリカでは格差が広がり続けている。しかも、その分断は単なる経済格差による分断にとどまらず、アメリカ特有の人種摩擦にも飛び火している。
しかし4年前にトランプが登場した時、それを単なる一過性の現象だと軽く考えていた向きがあるとすれば、その認識は根底から変える必要があるだろう。選挙結果を見る限り、少なくともアメリカ人の半分はトランプを支持しているし、仮にドナルド・トランプという存在が政治の表舞台から消えたとしても、そのような存在の再来を待ち望んでいる状態にあることは間違いないのだ。
今回はこの選挙の投票行動と、アメリカ最大の出口調査機関のエジソン・リサーチの出口調査並びに期日前投票者や郵便投票者に対する電話調査の結果やピュー・リサーチの意識調査の結果を照合しながら、性別、年齢、人種、宗教、年収など様々なジャンルごとに、今アメリカでは誰が何を考え、誰をなぜ支持しているのかを検証した上で、その背後にある経済的、社会的、歴史的要因を探ってみた。
実はアメリカの分断と非常に似通った現象は日本でも確認されている。10月21日放送の1019回マル激『だから安倍・菅路線では日本は幸せになれない』の中でご紹介した、早稲田大学の橋本健二教授の独自の調査では、日本にも「新自由主義右翼クラスター」と「穏健保守クラスター」と「リベラルクラスター」の3つのクラスター間に世界観や人生観、社会観などでかなり深刻な分断があることが明らかになっている。ただ、日本の場合、幸か不幸かその分断が政党ラインでくっきり別れていないため、アメリカのような選挙のたびにその分断が表面化するような事態に至っていないだけだ。逆の見方をすると、日本の政党、とりわけリベラル政党は潜在的な自分たちの支持基盤をうまく取り込めていないということにもなる。
日本にはアメリカのような人種間の分断の要素がほとんどないが、それ以外の要素は全部揃っている。しかも、政府が四半世紀にわたり、新自由主義的な政策を推し進め、経済格差が広がっている点も共通している。今、非常にわかりやすい形でアメリカで起きている分断が、日本にとっては決して対岸の火事では済まされない問題であることも、考えておく必要があるだろう。
今回はほぼ集計が終わったアメリカ大統領選挙の結果から、トランプを支持した7300万人の人たちがトランプに何を期待し、何を求めていたのか、なぜ一見、トランプよりもまともなことを言っているかのように見える民主党のバイデンが、思ったほど支持を広げることができないのか、なぜトランピズム(トランプ的ポピュリズム)が憎悪や差別、偏見などの感情的フックが含まれる宿命にあるのか、そしてこの選挙の結果が今後のアメリカや世界の針路にどのような影響を与えるのかなどを、社会人類学者でアメリカ政治が専門の渡辺靖氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。